ファッションと水
服と水。一見して、あまり馴染みのない組み合わせです。けれど実は、服ができあがる過程で、例えば素材となる綿花生産や染色加工、化学繊維の生成において、そして私たちの手元では日々の洗濯において、大量に使われる水、そして水質の汚染。そこに起因する環境負荷も、繊維産業の課題の一つだといいます。
ファッションのサスティナビリティへの視野を広げ、ファッション業界の透明性と環境の改善を目的とするファッションレボリューションジャパン。運営母体であるユニステップスの鎌田安里紗さんは今回の『服と水』刊行にあたり、「課題やデータを正確に網羅的にまとめるというよりも、読んでくれた人が、服と水にこんなつながりがあったんだ、とか、自分の生活を結びつけて、それぞれに解釈できる余地があったらいいなと思って、幅広い方々にインタビューをしました」と話します。著述家、繊維メーカー、ブランド、研究者など、分野をまたいだインタビュー対象から得た話は、一方的な思想ではなく、思考のグラデーションの中で、さまざまな状況や活動のあり方を伝えてくれます。
この日の対話は二部制。『服と水』のテーマから、第一部では元トップスイマーの一ノ瀬メイさんと話す、社会とサスティナビリティへの眼差しを。第二部ではぐっと技術的な、「水を使わない染色」の現状を。
訪れた人にはPiriによるハーブスパイスドリンクを。キッチンでは南風食堂の三原寛子さんが野菜たっぷりの雑穀スープを準備しながら、進行を待ちます。
THINK & TASTE FIRST PLACE
with FASHION REVOLUTION JAPAN
Talk 01.
「服と水の関係性、そしてファッションの未来について」
一ノ瀬メイさん(モデル)
×
鎌田安里紗さん(ファッションレボリューションジャパン)
Talk 02.
「染色工程における課題と未来の染色」
廣垣和正さん(福井大学 学術研究院工学系部門 教授)
×
マルティンメンド有加さん(ファッションレボリューションジャパン)
第一部の冒頭で、ファシリテーターの鎌田さんが語った「服と水」の真実。
「この地球は水で覆われているので、他の環境問題と比べると、水を使うことに関しては大丈夫だと思いがちですが、淡水で人が使いやすい場所にある水は実は少なくて、その水を、飲用や食糧生産などに配分しています。使いすぎると、そのエリアの生活用水を枯渇させてしまうのです」
ファッションと水の現実について、知らなかった扉が開かれていくようでした。
第一部「水のように生きたい」 一ノ瀬メイさん
対話の第一部は、パラリンピック競泳の元トップスイマーでモデルの一ノ瀬メイさんを迎えて。一ノ瀬さんは今、モデルのほかパブリックスピーカー、俳優、アート表現者へと羽を広げています。その原動力は、常に一つ。
幼い頃から生きる中で悔しさや見た目で判断される悲しみ、そういった体験を経て自分なりの生き方を見つけた今、「どうしたらもっとみんなが生きやすい社会、自分がやりたいことを精一杯自由にできる社会をつくれるか」ということを考え続け、「社会に自分の声を届ける」ことを目的として活動してきたといいます。
プールに通い始めたのは、一歳半から。13歳からはパラリンピック水泳の日本代表として10年ほど活動して世界ランキング1位を経験し、今もなお日本記録を9つ保持。
「私は水に育ててもらったようなもの。水は私にとってのホームだし、水のように生きたいと思っています」
『服と水』をどう読んだかと問われ、一ノ瀬さんは、「ここ数年はサスティナビリティに興味を持って自分なりに実践してきた中で、こんなに水と関わりが深かった私でも、ファッションと水は今まで考えられていなかったのだと思いました」と話しました。
「数字や科学的なことも書いてあるけれど、全てを通じて自分たちの本来の姿、水も本来のきれいな姿に、どうやったら返っていけるか、ということが書いてあると思い、温かい気持ちになりました」
一ノ瀬さん自身は新たに服を選ぶ際、「サスティナブルなブランドから買う」ことが前提だとして、それ以上に「デザインやスタイルが自分のワードローブに馴染むことが大事。そうしないと着なくなってしまうから」と、「着続けられること」との両立が大事、と言います。それが揃わなければ「いったんは去る」。そしてセカンドハンドで探し、今すでにある服を生かす。できるだけ長く着る。
「自然素材で、素材が単一であるかどうか。単一素材であるほうがリサイクルしやすいと、最近学びを得て」
そのように少しずつ知り、進んでいます。
障害を生む側に立っていないか
一ノ瀬さんが、ファッションを含めたサスティナビリティ全体に目を向けるようになったきっかけは、コロナ禍のこと。
「オーストラリアを拠点にしていた頃で、街はロックダウンの厳戒態勢。トレーニングもままならず、この状況でどう成長し続けられるだろうと考えた時、“人間力の向上なくして競技力の向上なし”というアスリートの鉄則を思い出し、人間力を磨くなら今かもしれない、と。ドキュメンタリーを片っ端から見た中に、例えば映画『The True Cost』(邦題:The True Cost ファストファッション 真の代償)や、気候変動と畜産の関係を描いた映画『Cowspiracy』(邦題:Cowspiracy サスティナビリティの秘密)も。それまで、自分は世界平和に貢献したいと思ってオリンピックもその象徴として参加していたけれど、少し視点を広げると、自分自身がまだまだ人の生きづらさに加担してしまっている、という可能性に気づいた。自分も、障害を生む側になっている場面が多々ある、ということがすごくショックで、これはアカン、と」
自らの意思とは関係ないところで、社会の歪みに加担している可能性に、改めて気付かされたと言います。
身をどこに置くかで変わる立場
一ノ瀬さんがこうした可能性に敏感であれるのは、障害の捉え方として「社会モデル」という考えを根底に持っているからかもしれません。
「私がいいと思う捉え方に、(障害の)”社会モデル”という考え方があって。それは、社会が障害をつくっているから、社会が、障害をなくすこともできる、という考えなんです」
一ノ瀬さんはここで、集う人々に向かって、「皆さんにいくつか質問したいんですけど」と笑顔で語りかけ、「今日メガネかコンタクトしている方いますか。あ、けっこう、いらっしゃる。じゃあ、海外に行ってなんか伝えられない思いをしたことがある方…ハイ。では……」と続けます。
今いる場所では何不自由なく生活ができるけど、メガネが手に届かない場所にいたら、言葉が通じなかったら、水中で泳げなかったら。
「全く同じ人であっても、身を置いている場や社会、そして周りに助けてくれる人がいるかどうか、その状況次第で、全く障害を感じずに生きることもできるし、障害者になることもあり得る。そう捉えると、私はこの、気候変動や環境、ファッションのことも、同じように語れると気付いたのです」
身を置く場が変われば、私たちは誰もが当事者になり得る。どちらの立場にもなり得る。
社会の大きなテーマを、自分ごととして捉えるスイッチを押すように、親しみ深く響く一ノ瀬さんの言葉は、集う人たちを一気に掴みました。
フィジカルと思考を同時に鍛えてきたであろう一ノ瀬さんの、それでいて柔らかい言葉と態度。それは「水のように生きたい」という思いのように、しなやかな強さに映ります。
「京都にある貴船神社に、パラリンピックの出場前と引退を決めたタイミングで訪ねました。そこには神水、と書かれた看板があって、水の性質が書いてあったんです。水は、氷や雲や雪にかたちを変えながらも本質は変わらず存在し続ける、とか、川幅を狭めればかえって勢いを増して進む、とか、自ら行く先を定め、止まらない、というようなことが書かれていて、すごくいい、と思って。私はパラスイマーとして自分のメッセージを社会に届けたいと思っていたけれど、自分でそれを終わりにすると決めて、モデルや言葉を伝えることに形を変えても、私は一ノ瀬メイで、活動の目的は変わらない。社会の変化に合わせて自分も形を変えながら、自分という核は変えずに生きていけるようになりたいと思っています」
第二部:大量排水、高エネルギーからの脱却
私たちの意識への投げかけに続き行われた第二部のトークは、「染色工程」という、私たちが生活する中ではなかなか触れることのない領域の研究に光を当てたもの。福井大学学術研究院工学系部門教授の廣垣和正さんをゲストに迎え、マルティンメンド有加さんとの対話から、繊維の染色と機能加工の研究者の視点から、「水を使わない」先端染色技術の現状が語られました。
前提として語られた、繊維アパレル産業の環境負荷の高さに、まずは驚きます。
「繊維産業全体で、温室効果ガスを年間12億トン出していると言われています。これは航空産業や海運業を上回る量だと言えます。そして、繊維アパレル産業全体が年間に使用する水の量は58億トン。58億トンと言われてもピンとこないものですが、例えば世界中にさまざまな産業がある中でも、染色産業単一で、全産業廃水の20%を占めています」
繊維アパレル産業は、大量生産/大量廃棄という単純なゴミ創出だけでなく、より広範囲な環境負荷にも影響をしている、ということです。
一般的な大量生産の染色では、まず布や糸から余分な油分や色素、糊などの不純物を取り除き、染まりやすいニュートラルな状態に整える「精練」と「染め」、それぞれの過程に加熱や洗い、乾燥が幾度となく繰り返され、大量な水とエネルギーを必要とするうえ、化学薬品を含んだ排水が生まれるのです。
水を使わない染色
廣垣さんの研究する「超臨界流体染色」は、水の代わりに二酸化炭素を使います。高温高圧の条件下で、二酸化炭素を気体と液体の境界「臨界点」を超えた「超臨界流体」と呼ばれる状態にします。液体と気体の性質を併せ持つこの流体は、液体よりも浸透性が高く、気体にはできない染料の溶解ができる。この「超臨界流体」の状態にしたドラムの中に、繊維を入れて染色をすれば、水を使わずに染色が終わり、常温常圧に戻せば二酸化炭素は使われなかった染料と分離して気体に戻り、染料も二酸化炭素もピュアな状態で再利用できるそうなのです。
この染色方法では、化学薬品や廃液はゼロ。染色を終えた繊維は濡れていないので、乾燥不要。乾燥と廃液処理のエネルギーも不要。脱色、さらに染め直しも可能だと言います。
「少し古いデータにはなりますが、この染色法から算出したエネルギー効率は、エネルギー量が63%削減、生産効率は40%上がり、設備の敷地が4分の1で済む、という試算結果があります」
現在は、現状、主にポリエステルの染色での実用に限られますが、アシックス製の陸上競技ユニフォームや、日本のファスナーメーカーYKKの樹脂製ファスナー染色にも導入実例が出てきたところ、とのこと。導入コストの高さから、実用はまだこれからの部分も多いと言いますが、研究は、綿や麻、さらにウールへの染色も見つめながら進んでいるようです。
あまりにも大きな、染色工程の水量/水質への負荷。そこから脱却するために先端技術の研究を重ねる廣垣さんのもとへは、トークが終わってもアパレルブランドや染色企業の当事者、また着物を愛好する人などが集い、熱心に言葉を交わす時間が続きました。
各回トークが終わると、FIRST PLACEのキッチンでは、南風食堂の三原寛子さんが用意したスープがふるまわれました。アーユルヴェーダにも造詣の深い三原さんが、梅雨前の湿気の多い時期に選んだのは、インドでキチュリと呼ばれる養生粥のようなスープ。豆と雑穀、カブや大根、山東菜などの野菜を、ココナッツと隠し味にお味噌を入れて仕上げたもの。その野菜は、埼玉県で80年代から有機農業に取り組む「風の丘ファーム」から。
「風の丘ファーム」はオーガニックコットンブランド「PRISTINE(プリスティン)」を運営するアヴァンティが、オーガニックコットンの栽培を委託する生産者の一つでもあります。今回提供されたスープに使われた味噌は、アヴァンティでつくられた自家製味噌だそう。「国産綿復活プロジェクト」と銘打つアヴァンティは、「2030年までにこのプロジェクトの成果物である綿をプリスティン製品に2%使用し、2050年までに国産綿と再生原料の使用率を50%にする」という目標を掲げています。
私たちを包む服、私たちの身体に入る食。私たちの世界を構成する大切な水。少し視野を広げれば、未来のために、動いている人たちがいます。耳を傾け、考え、それぞれの時間を繋いでいくための午後となりました。
GUEST PROFILE
Talk
第一部
一ノ瀬メイさん
1997年 京都生まれ。イギリス人の父と日本人の母の間に生まれ、生まれながらに右腕が短い。一歳半から水泳を始め、2010年のアジア大会に史上最年少の13歳で出場し、50m自由形で日本記録を更新して銀メダルを獲得。2016年のリオデジャネイロ・パラリンピックでは、日本人女子最多の8種目に出場し、2020年、200m個人メドレー(S9クラス)で世界ランキング1位を獲得。2021年、9つの日本記録保持者として現役を引退するまで、10年間にわたりトップスイマーとして活動。選手引退後は、パブリックスピーカー、モデル、俳優などとして国内外で活動。今年、アートプロジェクト「Silver Lining」を始動するなど、表現と発言の場を広げている。
@mei_ichinose
第二部
廣垣正和さん
福井大学学術研究院工学系部門繊維先端工学講座教授。繊維の染色・機能加工に関する研究に従事。2026年より産学官連携本部副本部長も兼務。また、福井大学の社内ベンチャーとして株式会社SCF技研の代表取締役社長を務め、「超臨界染色加工技術」の社会実装など、産学官連携による革新的な研究開発に取り組む。
FASHION REVOLUTION Japan
ファッション産業の透明性向上を目指すグローバルムーブメントの日本支部。2013年のラナプラザ崩落事故をきっかけに誕生。運営母体は一般社団法人ユニステップスで、今回、トークのファシリテーターを務めた鎌田安里紗さん @arisa_kamadaはユニステップスの共同代表理事、マルティンメンド有加さん @yukamendo は理事。鎌田さんとマルティンメンドさんの共著『わたしの服はどこからきてどこへいくの?』(晶文社刊)は、身近な視点からファッションとサスティナブルの関係を紐解き、「私たち」としての一考を促す。
@fashionrevolutionjapan
unisteps.or.jp
Food
南風食堂 三原寛子さん
食に関する企画提案、レシピ制作、飲食店舗のメニュー監修などを行う。インド政府機関BSS認定アーユルヴェーダセラピスト、国際中医薬膳師。「アーユルヴェーダ 季節の食と暮らし講座」@mahat_tuning_cooking_classを開催。
@nanpushokudo
Drink
PiRi
植物を通して、食・香り・美・衣・祈りなど、暮らしに息づく植物文化を探求し、国内外でフィールドワークを行う。植物を軸にしたオリジナルプロダクトや暮らしにまつわる道具などを扱うPOP UP STOREや、タイエレメンツや香りのワークショップ、タイの山岳民族やジョージアなどフィールドワークで得た各地の文化を伝えるイベントを企画するなど活動は多岐にわたる。
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写真/Brian Scott Peterson
構成・文/森 祐子
FIRST PLACE について
「Immer Besser」(常により良いものを)の理念のもと、125年にわたる歴史の中で暮らしを見つめてきたMieleと、場づくりを軸に人の営みを考察し、交流ハブとしての試みを重ねるnadoyaによるプロジェクト「FIRST PLACE」。キッチンを据えた場をつくり、集い、交わり、共に未来を考える。
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