煮炊きする場に、人が集う。直に会い、言葉を交わす。
10月のある日、料理人の野村友里さんが木漏れ日の射すキッチンで準備を進める傍では、対話を重ねる人々の姿がありました。ひとつながりの空間で、言葉が行き交い、調理の音や香りと混ざり合います。少しずつ暮れてゆく様子もまた美しい時間でした。
一方、この場のスペースをデザインし施工をした「などや」主宰の建築家、岡村俊輔さんは、キッチンから見下ろせる地階の土間で、ゲストを迎え対話を。「FIRST PLACE」の一部を担ったデザイナーの狩野佑真さん、陶作家の安藤雅信さん、そして最後には料理を担当した野村友里さんを交えて。時代のこと、美しさ、土との関わりや、これからについて、対話の相手を変えながらも話題は連綿とつながっていきました。
ひび割れを、きれいと思うわけ
キッチンカウンターの側面に配したコンクリート。その大胆なひび割れは、FIRST PLACEの施工が始まった頃、床板を剥いで現れた2mを超える地階から持ち出したもの。おそらくは戦後まもなく打たれたコンクリートの基礎床は、発見したときはすでにひび割れていました。そのひび割れを「美しい」と感じた建築家の岡村さんは、コンクリートのひび割れをそのまま保存して、再構成してキッチンカウンターの側面に仕立てました。
岡村さん「20世紀が生産と消費の時代だったならば、今を“分解”の時代だと設定してみる。生産・消費・分解のサイクルで考えれば、今後も同じように作って消費するのではなくて、すでにあるものを必要な要素に切り分けて、次の21世紀、22世紀へと循環させる。この世界は有限だけど、有限を連続させることはできるのではないか、と」
コンクリートのひび割れも、廃棄するのではなく、取り出して、整理して、新しい役割を与える。
岡村さん「ひび割れた状態でコンクリートの床を見つけた時、すでに美しいと思った。キッチンカウンターのサイドに回して、ミーレの機器を合わせる。ひび割れをきれいだと思う心理ってなんだろう、ということにずっと興味があります」
過去と未来を分断するのではなくて、連続させるために
デザイナーの狩野佑真さんは、「FIRST PLACE」の空間のところどころに埋め込まれたマテリアルピースを制作。それは、役割を終えたミーレのパーツや、などやの土壁や床下の土、庭の落ち葉や小枝を混ぜ合わせて磨き出したもの。ミーレとなどやの意識の交わりを視覚的に語る、大切なマテリアルです。
狩野さん「などやの建物には、土壁があり、床下の土壌があって、本当の木もふんだんに使われています。壁紙を剥がしたらしっかりした中身(土壁)が出てきた。石膏ボードなら材料にしたいとは思えないでしょうけれど、60年以上前に建てられた時代の良さもあって、この場所だったからこそ、マテリアルの循環を実現できたと思います」
狩野さんのデザインしたマテリアルは、重量感のあるトレーや板材に姿を変え、壁や柱、キッチンカウンターなどところどころにDNAのように埋め込まれました。すでにあるものの価値を丁寧に紐解き、違う使い方をすることで、過去に生きた命を未来へと繋ぎ、生かす方法。
狩野さん「変化しない、劣化しないものがよしとされてきたけれど、変化するのは当たり前のこと。劣化とも言えるかもしれないものを、ポジティブに捉え直すこともできる」
岡村さん「有限の命を連続させることと、ひび割れを美しいと思う心理は、きっとどこかで繋がっていると思う。デザイナーは、そういう思考を可視化して、提案をしていく、そういう時代なのではないかと思っています」
土と自然と人を知る
陶作家の安藤雅信さんは今年、東美濃のアートプロジェクト「ART in MINO 土から生える2024」で芸術監督を務める最中でのトーク参加となりました。16年前の同イベントでは、「土」といえば「粘土(陶土)」について語っていたのが、今では縄文時代にまで遡り、より幅広い「土」と人の営みの関係を深く追いかけるようになったと言います。
安藤さん「土と自然、そこに人がどう関わるのか。土は本当に人の営みと密接に関わっています。狩猟採集民族だった縄文人が定住に移行するきっかけは、偶発的に生まれた土器からだったという文献もあります。篭が燃えてしまい、底にくっついてきた土が固まった。そこから土の器作りが始まった。土器で煮炊きができるようになり、定住して食事をするようになった。文化は土から、土器から生まれていた、と」
岡村さん「それは面白いですね。ハードウェアが文化を作ったんですね」
建築で表現することで、暮らし方を提案し、変化させていこうという岡村さんには、その文化の起こりは嬉しい発見だったようです。
岡村さんの言う「生産、消費の時代から、分解」という考えには、安藤さんから、その前に、できることがあるのではないか、と投げかけが。
安藤さん「分解というと壊してリサイクルするイメージがあって。分解して再生すると言うのは必要だと思うのだけれど、それまでの移行期に、もっとやるべきことがあると思う。それは、スロー生産、スロー消費。例えば靴下を繕いつつ装飾的でもあるダーニングとか、欠けた器に金継ぎするとか。そういうイメージかな」
岡村さん「分解という言葉が強いかもしれないから、僕も一旦流してはいたんです。でもこうして口にして誰かと話すことで、安藤さんみたいに、どんなことを感じて言ってくれるか、そういう対話を続けるうちに、もう少しわかりやすい言葉に置き換えたり、もっと未来が明確になったりできるかもしれないと思っています。急いで答えを出して、未来に対してこうあるべき、というメッセージは出すべきではない、と」
安藤さん「そうだね、答えは多分なくて、ずっと中途なんだよね。中途だけど、少しでも良くしていこうっていう中途。それが文化だと思います」
岡村さん「答えを吸い上げながら必死で考えるから、そういった何かがエネルギーになって、人によっては焼き物になり、建築になり、音楽になるんだろうなと思います。そうでなかったら、徹夜で工事なんてできないですよ(笑)」
自分の力でなんとか生きる
地階の土間で続く会話を聞きながら、料理を続けていた野村友里さんは、最後に対話に加わり、一日過ごした感想と共にこの場の価値を伝えてくれました。
野村さん「今日はここにいっぱい美しいポイントがありました。きっと、頭で考えている美意識じゃなくて、岡村さんがずっとここにいて感じ取り、時間を費やすことによって生まれているもの。ここにあるもの自体が美しいのだけれど、大きな窓から差し込む光が移り変わって、風が抜けて、だから美しい、ということが、とても気持ち良かった」
今の「顔の見えない」社会に生きていると感じる、漠然とした不安を抜け出す方法を教えてくれるようだとも言います。
野村さん「今は、誰がどう作ったかわからない、買わないと手に入らない、自分で直せない。身の回りのことを人に頼らないとできなくなっているという不安があります。でも岡村さんは、これから少子化になって、家が余っていく中、自分で直しながら進むようなやり方を体現している。この敷地内にある材料や、すぐ手に入るものを使って、難しすぎない方法で。もちろん自分の手だけで全てはできないけれど、ハイブリッドというか、ちょっとずつは自分の手を動かしていきたいし、そこにこそ楽しみがある。覚えていく楽しみを味わいながら進むことで豊かになっていくんじゃないかな、と。それがこれからの社会の何かヒントになるように思います」
長い時の間に増改築を繰り返した跡が見える家。全てが新しいのではなくて、どこかに時を重ねたものがあると、「見守られているようで安心する」と言う野村さん。
野村さん「全て新しくて気密性も高い家は、快適なのかもしれないけれど、ここは内外がつながっているようで人の気配が感じられて、どこか安心します。古い家に、岡村さんが新しい息吹を与えていく。床の素材をキッチンの壁にしようとか、人の知恵やアイデアがこうやって生まれてくるなら、この先も、誰かがそうして足していけばいいし、建物を壊さないでいけるのではないか、という想像もできますね」
新しいものと組み合わせながら、古いものの命をさらに長く、共に生きられるものにする。
野村さん「機能的には、新しいものの良さもあって。例えば私自身は直火が大好きだけど、家族が年老いてきたら、木造にはIHがいいかな、とかね」
岡村さん「地球も、都心に残る空き家も、私たちが生きていく上でのハードウェアだと捉えれば、今すでにあるハードウェアに今の時代のものが組み込まれて、融合しながら暮らしていくのが、今後の社会だと思う。コンクリートの割れ目に、最新のオーブンが入った姿が、面白くてかっこいいよね、と思えるようなことを実現できればという思いはあります。今までのメインストリームの、“壊して、建てる”ではなくて、角度を変えた選択肢を建築で作っていきたいと思っています」
文・構成:森 祐子
写真:太田太朗