「Reading nature―季節と呼応する食卓」と名付けられた二日間の集い。ポーランド出身のシェフ、OlaSzwalek(オラ・シュヴァウェク)さんは、富山を拠点とするシェフの高松遼平さんと共に料理コースを組み立て、植物のしつらえを花屋「Hljóð(ヒュウド)」の齋藤拓磨さんに託して、夏を前に土を湿らせ植物を潤す雨季の集いへ、人々を招き入れました。
Olaさんの生まれ育ったポーランドには豊かな森があり、植物採取が根付いています。一方、高松さんの故郷富山は、山海に挟まれた食の宝庫。その時どきの野山の恵みが自然と食卓に並ぶ土地で育った、二人の紡ぐ料理。共に料理をするのは三度目だと言います。
緑と水、情景を映すような
光の巡る食卓へ
いつもとは違う小さな通用口を玄関にして、裏から回り込むかたちで屋内に足を踏み入れると、吹き抜けの土間に天井から水がゆっくり滴り落ちて眼下の石を濡らしています。
テーブルには、和紙と葉で綴じたメニューに、オラさんからのウェルカムメッセージが。「梅雨の静かな日々、その物静かな空と柔らかく抑えられた光が、そこかしこに溢れる豊かな緑をいっそう深く際立たせます。湿った土、露を帯びた葉はその身を堂々と広げ、ほかのどの季節よりも力強さを誇るよう」
情景が浮かぶ文章はさらに、これからゲストが味わう素材に一つひとつ触れていきます。
「ヤングコーンは新たな活力を得て伸び上がり、小さな紫色の花の間からは最初のナスが顔をのぞかせる。
熟し始めたトマトの重みで枝はたわみ、その葉が放つ香りは、庭に降り注いだ雨あがりの朝の記憶を、懐かしく呼び起こします」
……湿り気を帯びた空気の中、ゆっくりと漂うハーブの香り。野菜の苦味や香味、甘味や酸味、あらゆる滋味が冴え渡る時。だから、今の空気を深く吸い込み、夏の暑さを前に、大地が力を蓄える時を味わおう、と。
この日のコースも、その瞬間に手に入る食材を余さず使い、さまざまな味わいを引き出していました。
夏の走りの若い勢いを伝えるヤングコーンに始まり、ゆったりと進むグリーンの艶やかな7品のコース。
ヤングコーンは、コーンクリームの上に一本乗せて表面を炙り、半割りの竹に乗せて。食感の違いと重なりを味わいます。
続けてきゅうりと青梅の塩漬け、そして青じそを合わせた冷製スープ。そっと置いた緑の皮のイチジクは、若く青い味。グリーンのさまざまな風味がひんやり舌に乗り、喉を通ります。これは高松さんが毎年初夏の時期に必ずつくるスープ。
「旬の時季の重なる食材の取り合わせを出合物と言って、互いを良く引き立てます。この夏にオラも同じようにきゅうりと紫蘇のスープを家でつくったよと話していて、メニューの組み立てもすぐに決まりました」
そしてお刺身。濡れた緑の美しさを伝えるように、青々と大きな葉にのせたヒラメ。富山で獲れた大ぶりのヒラメは神経締めにしてあり、新鮮な旨みをとじ込めた一尾まるごとこのキッチンにやってきて、刺身、出汁、パスタへとこの二日間で余さず使います。その身をゆず胡椒漬けにして、酢橘のスライスを挟んで。
最後に乗せた出始めのデラウェアはマリネした粒がとろりと光り、ビジュアルからみずみずしさを発します。口に含めば、いくつもの旨みと甘み、酸味がそれぞれに立ち上がり、混ざり合い。フレッシュでやわらかな味わいが通り抜けます。
「葉っぱは、大きくなりすぎたツルムラサキです。だいぶ強いので、無理せず、食べなくても大丈夫」と高松さん。普通なら使えない葉も、飾りには美しいし、興味があれば食べることだって、できるのです。
キッチンでの調理は、料理にとりかかる3人がまるで魔法を紡ぐかのようにゆったりとした所作で、一つひとつの料理を仕上げていきます。静かに言葉を交わして笑いをこぼしながら。
料理に合わせて差し出されるペアリングのドリンクは、ノンアルコールなら例えばコーンクリームに使ったトウモロコシのひげを煮出して冷やしたコーン茶に始まり、緑茶やセロリシロップソーダ、それにいちじくの葉の冷たいほうじ茶。
アルコールはgubigubiの平澤淳一さんのワインペアリング。食事会は、昼の2回と夜の1回。その都度、オラさんたちと相談しながら、回を追うごとに変化させたライヴ感のあるセレクト。さらりと透明感のある料理に、喉を滑る静かなラインナップでかすかな抑揚をつけていきます。
温かなカニのコロッケには、お刺身で使ったヒラメの骨と昆布でとった出汁を、ゲストの目の前で注ぎます。ふわりと立つ湯気。サクサクとあんかけの追いかけっこを急いで口へ。
蒸し茄子は、やさしい出汁に浸した爽やかで冷たいひと品。オラさんは「日本で数ある茄子料理の中でも、蒸し茄子は、とてもジェントルでエレガント」と言います。茄子のシーズンの始まりに、「今の季節の森を表すような」3種類の胡椒と松のオイルでマリネ。茗荷と、ひとひねりの塩がきいて。
デザート前のラストは、dumplings(お団子)。オラさんの故郷、ポーランドの大事な家庭料理です。「私の故郷では、子どもたちが学校から帰ればdumplings。家族のお祝い事にもdumplings。クリスマス、冬の、夏の、といつでもつくる、とても身近なもの」
この日は、枝豆とグリーンピースでフィリングをつくり、ほうれん草を練り込んだ生地に包んで、梅雨の頃から花の咲き出すフェンネルで風味づけたクリームに乗せて、夏仕立てに。
デザートは、とうめいな、イチジク葉のゼリー。ひらりと落とした塩、そしてお客様の席で甘夏のシロップをかけると、ガラスが潤んだように光を帯びます。口にすれば、つるんとトロン、イチジク葉のまったりした甘みと甘夏のシトロン、塩の粒が次々にやってくる。透明がつくる、複雑な味のレイヤー。
葉、果実、皮、ひげ、芯、骨、身、どこも余さず味わい尽くす。季節をまるごと、目の前にあるがままを取り出して、ひらりと見せてくれるよう。昼間も静かな陰影の中にある屋内で、ゆったりと穏やかなスピードで差し出される料理。緑と光と水に潜り込む、時間の流れが一歩外の街とは少し違うようなひとときでした。
あるがままを見つめて、理解する
二日目の夜は、対話の時間。オラさんと高松さん、植物のしつらえから場を調えた「Hljóð」齋藤拓磨さんに、FIRST PLACEを自らの手で造作したなどや代表で建築家の岡村俊輔さんが加わり、編集者の猪飼尚司さんのリードで対話が進みました。
「ここは、内と外のつながりを感じられる場所。都市にありながら、グリーンと建物が見事にブレンドしている。光が差し込み、発想が巡る場所でした。そこにテクノロジーのしっかりしたキッチンがある。大きな窓とキッチン台、このサイズ感は、まるで私の家族の家のよう。この場所のエネルギー。壁や石、木などマテリアルのテクスチャー。食材と器のテクスチャー。光と影。テクスチャーの掛け合わせが、特別なダイアローグ(対話)のようになると思いました」
そう語るオラさんに、高松さんも「自然を楽しみ、内と外を視覚から行き来できる場所でありながら、キッチンやテーブルのしつらえもしっかりしている。こういう開かれた空間で食事をすると、素直に食べることや音を感じてもらえるかな、やさしい気持ちで食事ができるといいな、と思いました」と続けます。
内と外のつながり。場のしつらえを託された齋藤さんは、屋外の水の気配を屋内に引き込みました。その場に生えている蔓、庭で見つけた石や木。そうしたものを屋内に配して、水たまりのような水のあとを残し、外とのつながりがいつもより濃く感じられます。
いつもは使っていない通用口を玄関にして、裏側から空間全体を眺めながら進む動線。
「岡村さんが時間をかけて作っていく姿勢や、この環境そのもの。この場のあり方が、すでにReading natureだと思っていました。それをこの空間ごと味わってもらいたいし、この梅雨のジメジメした感じとか、降った雨の名残、それが乾いていく、そういう季節感をそのまましつらえとして、お客さんが巡っていくところに置いていきたいと思いました。植物をしつらえる、ということそのものをあまり必要だと感じなかった」
通用口からゲストを迎えるために、足元に繁茂していた大量のドクダミを取り除き、室内のスポットライトを浴びる場所へ。捨てるのではなく、今あるものの中で循環していくような、この場所としての生態のかたち。
それはなどやの岡村俊輔さんがここを、「すでにここにあるもの、すぐ手に入るものだけで構築する」と決めて、FIRST PLACEとして開いた姿勢に倣うもの。Mieleのキッチン機器をとりまくFIRST PLACEのインテリア環境には、全て解体の中で生まれる廃材や庭の土石が使われています。新しいものをつくるために、すでにあるものを壊したなら、それを捨てるのではなく、別の角度から見つめる。別の用途で使うことで、違う光を当てる。
「拓磨の仕事を思うとき、ある種のReading Natureだと感じる」と言うオラさん。
「拓磨は、環境を見つめて、まるで詩を読むように理解する。それは遼平や私が、料理する際に季節や野菜のニュアンスを汲み取るのと同じ感覚で、拓磨は植物を読み解く。彼がどう自然を見つめて、どこに連れて行ってくれるのかをいつも楽しみにしています。私たち3人は森の子どもみたい。それぞれのユニバースがあって、違うインスピレーションで共に夢を見ることができる」
オラさんと高松さんにとって、料理するにあたって何が大切なのかと問われ、オラさんは「素材」と答えました。
「その素材がどのように生産されたか。その味をしっかり味わえるように、適切な瞬間を捉えて、大きく変えないこと。味を殺すのは簡単。野菜や米など、いい素材を得たら、そのエッセンスやテクスチャーを保ちつつ、本質的な美しさを高めることに気を配ります。そのニュアンスやディテールをよく感じて。簡単ではないけれど、そのことにとても興奮するし、知らせたいと思う。食は、感情とリンクしています。記憶や喜び、驚き。素材を引き立てて、そういった感情を呼び起こすのが、料理の本質だと思います」
高松さんは、子どもの頃から体験していた、季節と共にある食卓の記憶を大切にしていると言います。
18歳で料理学校に入るまで、生まれ育った富山で過ごした高松さん。
「おばあちゃんの家は山奥のお寺で、裏はお茶の木の山。野菜も自分たちでとって、おばあちゃんたちは鴨や猪を捕まえて骨ごと砕いてお味噌汁にしたりしていたんです。自然のその時の恵みをありがたい気持ちでいただいて、誰かと共有できるって幸せなこと。自然のもの、季節のこと、そういう体験を、小さな時から大事にしているのかもしれないです」
テーブルを囲み
安心する顔を見たい
――オラさんは、日本の食文化をどう見ているでしょうか。
「現代は、人が自然を妨げているし、食の世界も大量生産で動いている。今の状況には複雑な思いです。でも根本的には、日本は島国で、季節を繊細に感じ取る。森での植物採取に、漁や狩。食材を、自然から直接摂る、という文化があった。ポーランドも同じ。子供の頃を思い返すと、豊かな森で、私たちはキノコ狩りに出かけたり、たくさんの種類のベリーを摘んだり。ポーランドも、季節の食事をする国です。輸入品へのアクセスが限られているから、自国で、いつも季節に従い、時のサインを見逃さない。農業でつくるという方法だけでなく、自然から集め、採取し、保存して、発酵させて。日本ともちろん方法は違うけれど、似通った哲学がある。日本のコアは、謙虚さ。自然に従うこと」
――食と感情はリンクしている、とオラさんは言います。では、二人が料理していて、感情が動くのはどんなときでしょうか。
「知ってる味が、素材の組み合わせや、発酵などの過程を経ることによって知らない味になって、それが知ってる味よりもおいしかったら感動する。高級ではなくとも慣れ親しんだ食材で、僕の料理を選んできてくれた人にとって、知っている味を知らない味にできたり、どこか懐かしいような時間になったりしたらいいな、と思っています」と高松さん。
オラさんは「一つは、遼平の言うように、新しい組み合わせやニュアンス、感覚と出会えたとき。常に何かを発見しています。そしてもう一つ、料理を食べて、ふわあ、とこんなふうに(と吐息をついて顔を緩ませるジェスチャー)……そんな顔を見つけると、私は幸せになります。心の扉が開いたような気がして。知らない人同士が一つのテーブルを囲み、家にいるかのように安心すること、安全だと思うこと。当然、美しいディテールや色彩のニュアンスも伝えたいけれど、料理をする最大の目的は、安心してもらうこと。すっかりくつろいだ食の記憶。挑戦的ではなく、ケアされた安全な記憶を」と語ります。
この夜も、キッチンに並ぶ料理は、彼らが集めた季節の野菜や魚、果物から。冷たいコーンスープ。ワイルドライスを夏野菜のパプリカやズッキーニ、トマトに詰めたグリル。石造りのキッチンテーブルの上を転がしてつくったパスタ「トロフィエ」を、ヒラメの出汁とサフラン、トマトのソースで。そしてオラさんのダンプリング。デザートにプラムをふんだんに使ったクランブル。
Reading nature。日々、自然の中に季節の小さな変化を見つけてきた二人。オラさんは、季節が何度巡っても、変化する季節がもたらす自然の表情を見つけるたび、興奮するそうです。
「毎日、毎度、新たな季節の変化にワクワクしています。……サンマ!とかね。何度見ても、再び出会うたび、その美しさに驚く。その時々で湧き上がる自然な感情をシェアしたい」
二人は共に、自然と季節のあるがままの中に食の楽しみを見出すというだけでなく、人の行き交う環境で育ったという点も似通っていました。オラさんの日常は、ミュージシャンの父と、父が日々連れ帰る何十人もの仲間たちのために、母がたった一人で料理をふるまう日々。「毎日がクリスマスみたいだった」と言います。高松さんも、5歳の頃に父母が始めたパン屋で、ずっとお手伝いをして育ったそう。母は7人兄弟で地域に親類も多く、祖母の家はお寺。人の集いは、彼の日常でした。
自然の中に季節ごとの生きる糧を見つけ、多くの人と共有する暮らしの体験は、社会という自然を生きる「Reading nature」そのものとも言えます。
みんなでワイワイとおいしく食べて、話し続けたこの日。笑い、気持ちを交換し合う。その土台に、自然をありのままに見つめ、季節から受け取る食の美しさがあることは、生きる上での安心感、ということに繋がるのかもしれません。
THINK & TASTE FIRST PLACE
Reading Nature
季節と呼応する食卓
料理:Ola Szwalek+高松遼平
ワイン:西澤淳一(gubigubi)
しつらえ:齋藤拓磨 (Hljóð)
テーブルセッティング: 岩﨑牧子
PROFILE
Ola Szwalek(オラ・シュヴァウェク)
東京を拠点に活動するポーランド出身の料理人でありクリエイター。大学からロースクールに通うため、ロンドンへ。その後パリに渡り、友人のバーで料理を頼まれたのがきっかけで料理との関わりが深まる。デザイン、食、クラフトの交差点に立ちながら、東欧の伝統料理を背景に、幼い頃の記憶にあるレシピや技法とこれまで暮らしてきた土地の影響を織り交ぜた料理を生み出している。
@olaszwalek
高松遼平(たかまつ・りょうへい)
故郷の富山を拠点とするシェフ。18歳まで富山で過ごしたのち、料理学校へ。デンマークのコペンハーゲン「Apollo bar」をきっかけに海外へ。デンマーク、フランスを経由して帰国。幼少期を過ごした田舎の田園風景や森での原体験を基に、日本国内、ヨーロッパ各地を巡り料理を学んだ旅の経験から食に関連する伝統的な文化を大切に季節の自然な味わいの料理をつくる。
@ryohei_takamatsu
齋藤拓磨(さいとう・たくま)
花屋「Hljóð(ヒュウド)」店主。栃木県生まれ。建築設計事務所を経て、都内の花と古道具の店に携わる。2024年、東京・下落合に「Hljóð」を開く。「音」と「静けさ」を意味する言葉を店名に、季節の花や自然の移ろいを通して、人や場所を静かに繋ぐ時間をつくっている。
@hljod_tokyo
平澤淳一(ひらさわ・じゅんいち)
ワインセレクター。〈gubigubi〉として国内外のワイン生産者を訪ねながら、イベントやポップアップ、食とのコラボレーションを通してワインの楽しみ方を提案。ワインそのものだけではなく、その背景にある人や物語を届けることをライフワークとしている。オラさんはその繊細なセレクトセンスを「Genius(天才)ジュンイチ!」と称える。
@gubigubi_official
写真/太田太朗
構成・文/森 祐子
FIRST PLACE について
「Immer Besser」(常により良いものを)の理念のもと、125年にわたる歴史の中で暮らしを見つめてきたMieleと、場づくりを軸に人の営みを考察し、交流ハブとしての試みを重ねるnadoyaによるプロジェクト「FIRST PLACE」。キッチンを据えた場をつくり、集い、交わり、共に未来を考える。
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