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庭に桜の古木が立つ築60年の家屋に
東京・渋谷区の住宅街。代々木上原駅からすぐの場所に、庭の大きな桜の木が象徴的な「nadoya yoyogiuehara(などや代々木上原)」があります。築60年を超える一軒家。週末にはコーヒースタンドが開き、国内外から訪れる人々で賑わいます。その奥、壁で仕切られ公開されていなかった空間に、新しくミーレのビルトイン家電を据えたスペースが生まれました。
長い年月が刻まれた柱の奥に、大きく取られた窓のあるキッチンと、その先に続く地階の土間が現れます。大胆な割れ石を側面に配したキッチンカウンター。石の断面による模様が美しい、磨き上げられた艶のあるカウンタートップ。見渡せば、土を練り込んだ壁に、襖の紙とガラスの化粧板と、自然の中で見つかる素材に包まれています。時間が経つにつれ、光がまわり、景色がどんどん変わるのです。夜が近づけば、洞窟の中のように密やかな気配が漂います。
この「場」を舞台としたプロジェクト「FIRST PLACE」が、始まります。
キッチンのある場で、集い、交わり、思考を開く「FIRST PLACE」を起点に
「FIRST PLACE」は、「などや」とミーレの共同プロジェクト。建築家の岡村俊輔さんとテクニカルディレクターの遠藤豊さんによる「などや」は、東京都心の庭付きの空き家に手を加え、人の集う場として機能させてきました。場づくりを軸に人の営みを考察し、既成の価値観への問いかけを重ねています。
「FIRST PLACE」は、単に古い家屋に最新のビルトイン家電を導入するという組み合わせの新しさだけではなくて、次の社会に向けて、私たちの暮らしはどうなっていくのか、より良い暮らしとは何か、共に考えることを目指して始まりました。それは、「などや」だからこそ、ミーレとの共通項として生まれたテーマです。
古い空き家を、壊さずに、新しい気配を纏わせながら再生していく「などや」と、ロングライフプロダクトとしてのビルトイン家電を手掛けてきたミーレと共に、「FIRST PLACE」から、未来を考える。「FIRST PLACE」を起点として、思考を広げる。キッチンのある場に人が集い、食を囲み、言葉を交わす。その「第一の場」として、楽しみのために集いながら、真剣に、考える場であれたらと願います。
建築家 岡村俊輔「答えを急いで安易に出そうとしない」
岡村さんが未来について語るとき、必ず持ち出す指標があります。
「日本の人口は、100年前までの緩やかな増加と比べると、この100年のうちに急激に増えて、約3倍にふくれあがった。2010年をピークに、また次の100年は同じペースで急激に減ると推測されています。100年単位の急激な経済成長と、人口減少は、本当に激しい。この先、我々はどのように生きたら、100年後に向けてよい着地ができるのか。そこを考えるべきだと思います」(岡村さん)
それと同時に、価値や定義を決めつけすぎず、考え続けていくこと。
「より良い未来のためにどうするべきか。その答えは簡単には出ないし、答えは一つじゃないかもしれない。ここでは、答えを安易に出そうとしない。自分たちの考える答えはこれだ、と提案するのではなくて、それよりもしばらくは色々な考えを持った人たちと対話をしながら、今はこんな時代だよ、どうかな?という話をたくさん聞いて、言葉を集めたいですね。いろんな目線があると思うので」(岡村さん)
岡村さんは、このスペースをデザインし、自らの手を動かして施工に当たりました。ここは、いつまでも未完成。手を動かしながら、気配を感じ、少しずつ変化させて、また時を重ねていくのです。「場」も「思考」も、変化しながら深まりを見せていけるように。先を見つめ、未来のための「起点」として考え続ける「プロジェクト」でありたいと考えています。
できるだけ、そこにあったものから作る。
土、石、紙—-ここで時を経た素材を、再び含めて生まれる景色
躯体を残しながらも大胆に変化した現在の「FIRST PLACE」の姿は、しかしずっとそこにあった土や石、そして誰でも手に入れられる材料だけを使ってつくられています。
例えば床板を剥がし現れた地階には、90年前かと思われるコンクリート床が顔を覗かせました。「このひび割れが美しい」と、岡村さんはそのまま保存して、ナンバーを振り、キッチンカウンターの側面に再構成。
奥の冷蔵庫からつながる壁面には、古い襖の裏面を。和紙の濃淡にガラスを合わせて真鍮で縁どれば、湖面の揺らぎのようにニュアンスのある面が生まれます。
庭の石はセメントに混ぜ込んで電動サンダーで磨き上げ、カウンターのテーブルトップに。床下の土は壁に混ぜ込み、縁側だった木材は、キッチンマットの位置に埋め込んで、テクスチャーを。
古いものを壊して、新しいものを建てるのではなく、丁寧に手を入れて分解し、新しい役割を与えて再構成する。手仕事にあふれ、自然素材に囲まれながら、モダンに映る、古くて新しい場所。
マテリアルにも意思を込めて
今回、デザイナーの狩野佑真さんをゲストデザイナーに迎えて、「FIRST PLACE」のためのマテリアルを制作していただきました。役割を終えたミーレ機器のパーツや、などやの解体の過程で生まれた土壁の土や床下の土壌、落ち葉や小枝などを混ぜ込んだ板材です。異素材のミックスという珍しさに加え、機器の一部が新しいデザインの一部となっている愛おしさに、ミーレスタッフの喜びもひとしお。「手をかけて、修理しながら、長く使う」。などやとミーレを繋ぐもう一つの意思を込めたマテリアルとして、などやの一部になっています。
ミーレは、「Immer Besser」(常により良いものを)の理念のもと、その時々の社会に生きる人々に寄り添う家電であれるよう、機能的な革新と改良を重ねながら、普遍的なデザイン性を受け継いできました。これからの社会において、どのようなあり方がより良いのか、という問いは、暮らしを支えるプロダクトをつくる私たちにとって、とても大事な話題です。「などや」と共に考えを深めながら、「FIRST PLACE」があたたかな場所として新しい景色を発していけるよう、さまざまな企画を考えます。どうぞお楽しみに。
構成・文/森 祐子
写真/小髙彩子(DOM SPACE DESIGN)