「THINK & TASTE FIRST PLACE」と題した対話による思考の交流。
東京を拠点にしながら信州に通う建築家の⼯藤桃⼦さんと、このプロジェクトで共にマテリアルをつくったデザイナーの狩野佑真さんを招いて。またパリに拠点を置く建築家の⽥根剛さんを迎えて。そして伊⾖の⾃然豊かな地で暮らす陶芸家の⼆階堂明弘さんと。それぞれ、⽴場や視界は違いながらも、共通するいくつかの視点が浮かびました。
未来を思うとき、誰もが⼝にしたのが、「私たちの⽣きる⼒」について。これからの社会で、私たちはどう⽴って⽣きるのか。それぞれの考えを、聞きました。
INDEX
⾃然へのリアリティを
持っていたい
1.
対話ゲスト:⼯藤桃⼦さん(建築家)、狩野佑真さん(デザイナー)
料理:⼩池陽⼦さん(SUNPEDAL、ヴィーガン料理家)

⼯藤桃⼦さんは、⻑野に⼭⼩屋を持ち、時間を⾒つけて通っています。
「⾃分 1 ⼈で、どれくらいの⽣活ができるかということを実験的にやってみたくて、信州に家を持ちました。例えば、野菜はどれくらいの⾯積の畑があれば、⼈がひとり⾷べられる量がつくれるのか。そしてその発想を都市部に持っていけないかな、と考えています。マンションに⼆坪の畑をつけて、リモートワークのついでに野菜を育てられるようにする、とか。あとは農家でしかつくれないものだけ買う、というふうに」
コロナ禍で⼀番怖かったのが、都市にいると第⼀次産業と切り離されて、社会が⽌まったときに何も⼿に⼊らなくなるということ。産業から買って⽣きている事実。第⼀次産業のエリアに近づきたい、と思ったといいます。
「地⽅の要素を東京にどう持っていくか、というのは重要」と岡村さんも⾔います。
「産業構造から抜け出して、どう⽣きていけるか。労働した対価としてお⾦を得て、⾷料を買うというだけでなく、いくらかは、⾃分で獲得するということが重要になっていくと思う。⼈⼝が減って、今ある建物が不要になってきた時、都市にもスペースがあく。そこに植物が育つ余⽩ができる。都市に⾃然が⼊り込み、植物が育ち、それが⾷べられるというのは、幸せな社会なんじゃないかな」(岡村さん)


「ただ、⾃然は素晴らしい、という礼賛⼀⽅ではなくて、⾃然は厳しくて危ないものだという畏怖の念を持つことも⼤事ではないかと思います。農村のおじいちゃんおばあちゃんたちは、⾃然に対するリアリティがある。狐を⾒ると “コノヤロウ!” などと追い払って、⾃然と⾃分たちとでエリアの押し合いをしている。押しくらまんじゅうしてる。共存というより、境界を知りながら、⾃分たちは⾃然の中で⽣きているという強さを持って、⾃然と⼈を同等に置いていると思ったんです。そのリアリティを、私も無くしたくない。だから⾥⼭で、⾃分の⼿を動かしています」(⼯藤さん)
⼯藤さんは、⽇本の未来に、決して⾥⼭の暮らしのような原⾵景に戻ることを求めているわけではありません。
「知らないことを知る、その先に未来がある。そこを、私はポジティブに受け⽌めています。⼈間が、希望を持って未来に進むというのは、できなかったことができるようになる、遠くへ⾏く、早く⾛る……本来、とても単純なことの連続。たとえそれが欲望だとしても、実はとてもプリミティブな欲望だと思います。⼈類が獲得した技術や知識は受け継ぎつつ、次の時代に⾏きたい。過去に戻るというより、その先に進歩していくという発想で、すでにあるものをどう受け継いで、先に渡していくのか、というのを考えたい」
分け合い、共感する
それが⽣き延びる⼒に

この⽇、料理を担ったのは、ヴィーガン料理を⼿がける「SUNPEDAL」の⼩池陽⼦さん。擬似⾁など加⼯品は使わず、中近東などの味覚を取り⼊れた料理は、動物性の⾷材を⼀切使わないことを意識する間もないほど、味わいも多彩で美しく、⼝にする誰もが満⾜の吐息をもらします。
「私は、ヴィーガンを推奨したいというよりは、⾃分に合った⾷べ物を⾃分の⾆で感覚的に知るきっかけになったら嬉しいと思っています。未知のものに遭遇すると、五感をすごく使いますよね。今、何を⾷べていて、それはどこからきて、⾃分に合っているのか。意識する時間が、⽇常だと多くはないと思うので」と⼩池さんは⾔います。


狩野佑真さんのマテリアルでできたトレーには、カリフラワーのまるごとグリルを。 「この場所も、このマテリアルも、新しい素材と古い素材が融合してできている。私の料理も、混ぜ合わせることを楽しめる料理なので、お⽫として使わせていただきました」(⼩池さん) 「こういう景⾊が⾒られるとは、感慨深いですね。このトレーはもともと料理が乗ることを想定していなかったので、無塗装で作っています。きっと料理が乗ると、シミなどもついていくだろうけど、それも味わいとして楽しめるといいなと思います」(狩野さん)




「今回は、⼤きな野菜を丸ごと調理したりして、大きなお皿から分け合って⾷べる料理にしました。この場所が、古いものと新しいものの融合そのものだったので、みんなで囲み、切り分けて⾷べる。⾷は、分け合うことで、よりおいしいと感じるし、初めて会う⼈同⼠の距離をぐっと近づけるから。それが今は⼤事だと思います」という小池さんに応じて、⼯藤さんも「おいしいね、美しいね、と共感することが⼤事、というのはよくわかります。個々の価値観が⼤事、ということに傾きすぎると、共感は薄くなってしまう。携帯の中だけだとそうなる。同じ場にいて、何に感動しているのか。共感性を保つことによって、チームができて、輪が広がる」と話します。
料理を取り分けながら、話はチンパンジーの集団における共感性の研究や、縄⽂時代の感情論、ホモ・サピエンスが⽣き延びたわけの推察へ。互いの知り得たことを分かち合い、想像を膨らませ、思考を重ね合わせて。

⼟地のアイデンティティ
僕らはどう⽣きるのか
2.
対話ゲスト:⽥根剛さん(建築家)
料理:内藤正雄さん、遠藤豊さん(テクニカルディレクター・などや共同主宰)

田根 剛さんは台湾出張から東京へ降り立ったその足で、「FIRST PLACE」を訪れました。成⻑を前提とした時代を経て、⽇本の⼈⼝は減少に転じた今、⽣産消費拡⼤の価値観はどこに向かうのか。「FIRST PLACE」の動機となる社会背景を岡村さんから聞き、⽥根さんも言葉を添えます。
「19 世紀までは、⼈々が集まって暮らして、そこを豊かにしていこう、ということを社会の⽬的として、繁栄を⽬指していました。20 世紀以降、繁栄の豊かさが成⻑に置き換えられてしまった。でも本来、成⻑と繁栄はイコールではない」(田根さん)
成長と繁栄はイコールではない、という言葉に、岡村さんは深く頷きます。田根さんはさらに、土地の記憶と関わりを指摘しました。
「⽇本社会は、古来持っていた暮らしや営みの仕⽅を⼀度捨てて近代化させていった結果、平成の頃からうまくゆかなくなってしまった。地⽅では⼈⼝が減って、⾏政的に管理しやすいように地⽅⾃治体を合併する。そのためにもともとあった⼟地の名前が消えた場所もある。⼟地の名前はすごく⼤事で、⼟地の記憶、そこに属していたアイデンティティとも⾔えます。それが急に抽象的な名前に変わり、街並みには⼟地と繋がりのないものが増える。⾃分がどこに住んでいるのかわからなくなるような感覚。それではアイデンティティが失われ、未来が⼼許なくなってしまう」


一方、⼈⼝の集まる都市部では、ヨーロッパも⽇本もあまり⼤きな違いはないと⾔います。 「⽣産性が少ないから消費やサービスで⽣きている環境、という意味ではどこも似たような状況。特に⽇本は、本当に安⼼と安全と快適なものが⼤好き。安⼼安全は⾏政として国がサービスして、便利で快適なものは、企業がサービスする。⾏政と企業が頑張ればそれが成り⽴つけど、その体⼒がなくなり、サービスを享受できなくなったとき、僕らはどう⽣きていくのか、という選択に迫られることになります」(田根さん)
成⻑から解放されて
豊かさに向かう
岡村さんは、成⻑を前提としなくなり、⼈⼝が減った後のこれからの社会を、ポジティブに眺めています。
「FIRST PLACEは、22 世紀の東京みたいな⾵景を思い描きながらつくっている。都市と自然の完成形、というかね」
古い家に⼿を⼊れ、そこにあるものを使って、⾃分の⼿で賄える範囲でつくる「FIRST PLACE」。⼈が集い、思考や知恵や、物を交換して⽣きる場所。⾃然があり、⾷物も採れる。
「うん、ここはひとつ提⽰できる、いい実例になるんじゃないかな」と、⾃⾝も都市に農地を組み込むプロジェクトや⼟地の記憶を映し出す建築を提⽰する⽥根さんは⾔います。
「これからの社会の中で、⼈間は何を選択するか。仲間をつくるという⽣き⽅の選択があるよね。友達だけではなく、仲間。助け合ったり、⼿伝ったり。かつては共同体の地縁もあったように、仲間をつくるという⼿段。国が保障する安⼼は絶対とは⾔えないけど、仲間がいると安⼼でしょう」
奥のキッチンでは田根さんの盟友でありなどやを共同主宰するテクニカルディレクターの遠藤豊さんが、3人をよく知る料理人の内藤正雄さんの料理を手伝い、魚の塩釜オーブン焼きやワイルドなグラタンをはじめとするダイナミックなメニューの準備を黙々と進めています。まさに仲間が生み出す阿吽のムードが、「FIRST PLACE」に満ちていました。

⽥根さんは、成功を前提とした社会から抜け出した経験を語ってくれました。
「僕は97年まで東京で暮らして、満員電⾞に揺られて⾼校に通学していた。当時は、いい⼤学、いい会社に入って、という社会。北海道にある大学への入学が、⼈⽣の切り替えになりました。打ち込んでいたサッカーを辞めざるを得ず、心定まらずに移った3⽉の雪の北海道はとにかく寒かった。都会では全く考えたことのない⽣き⽅がそこにはあった。⼈間は、⾃然の中でつましく⽣きていくんだ、というのを初めて学びました。都会では⾬すらストレスなのに、北海道では雪の状態に合わせて⽇々の⽣活を考えなければならない。厳しいからむしろおおらかで、豊かで。都会で感じていた、成功への既成概念の圧⼒から、解放された気がしました。先の成⻑なんか考えないで、ずっと暮らしを営んできた街に、僕がポッと⼊った気がして、とても楽になった」



既成の枠組みを離れ
⾒⽅を変えてみる
明治以降、急激な⼈⼝増加を遂げ、2010 年を過ぎて急激な⼈⼝減に転じると予想されるグラフを⾒ながら、ともすれば悲観的になる未来への厳しい考察にも、⽥根さんは、物の⾒⽅を変えて、ポジティブに変換していきます。
「経済成⻑の時代は、むしろ地下資源を掘って、⼀番深い世界に辿り着いた時代。ここから地上の世界に戻ろうと登っていく時代なのかもしれない。落ちていくのではなくて、緩やかな上昇に向かっていくようだ、とも⾔える」
既成の枠組みや、こうしなければならない、という固定概念を離れてみる。
「最近気づいたのは、“常識”という考え⽅。英語にもフランス語にも訳せない。⽇本だと、⼤⼈の理屈、社会の理屈、どちらかというと上から下に向かって、圧⼒として使われることの多い単語。⼦供の常識、マイノリティの常識は通⽤しないのか。常識なんておかしいな、と思う」

楽しみながら
⽣きる⼒をつけていく
3.
対話ゲスト:⼆階堂明弘さん(陶芸家)
花:平間磨理夫さん
料理:FIRST PLACEチーム

ある夜は、岡村さんとかねてより親交のある陶芸家の⼆階堂明弘さんが、「FIRST PLACE」を訪れました。新年明けて間もないころ、平間磨理夫さんのいけた花が夜のほの暗いキッチンに響きます。スタッフがおでんを温め、二階堂さんの器で食す。
伊⾖の⾼地に暮らし、作陶する⼆階堂明弘さんは、地域の⼈⼝減少によるライフラインの脆弱化を肌で感じると⾔います。
「⼭の上にいると、末端の集落は⼈がどんどんいなくなり、普通のインフラが維持できなくなりつつあるとすごく感じる。⼭道を管理する住⼈の限界、医療の縮⼩。流れにどんどん飲み込まれていく感じがある。この先10年で、きっと状況はもっと深刻になる」


また、伊⾖にはいないと⾔われていた野⽣動物も増えてきたそう。
「本来は地域の⼈ならば排除する⼒を持っていたはずなんだけど、僕らは完全に⾃然から隔離された⽣活を送ってきたせいで、実際に野⽣動物と対峙して⾝を守れるかといえば、その能⼒はゼロ。⼈間が⾃分たちを家畜化して、⼈間⾃体の⼒も、豊かさも、どんどん弱めていると感じる。⾃分たちの⽣産能⼒が無さすぎる。畑で野菜をつくるけど、仕事をしながらだと全然できない。ちょっとタイミングを間違えるとすぐダメになるし、野菜⼀つ育てるのも⼤変なんだなと感じているところ」(⼆階堂さん)

「ここで話をすると、ある程度、社会に頼らずに⽣きるために、⾃分の⼿を動かす、という話がよく出るんだけど、僕はこの東京のなどやで、例えば五反⽥(などや島津⼭)に、ゆくゆくは⽥んぼをつくりたいと思ってる。⼈⼝が減って、すいてきた⼟地には、その余地があるから。それができれば、都市と⾃然の理想形かなと思う」(岡村さん) 「⽥んぼは、いい。あれは⽶をつくるだけじゃないからね。ドジョウや蛙がいて、畦道には野草が⽣える。⾍を狙って⿃もくる。そうしたものも⾷料源でもある。⽣態系だね」(⼆階堂さん) 「⽣態系ということで⾔えば、⾃分たちの社会を、⽣産、消費、分解、の⽣態系サイクルとして⾒つめるといいんじゃないかと思っている。⽣産と消費の時代がかつてはあった。今は、それを丁寧に分解して、壊すという意味じゃなくて、その中の部分を取り出して⽣かす」(岡村さん) 「僕らが分解者ね、それはいいね」(⼆階堂さん) 「それをリサイクルとか、そういうことでもなくて、ただ⽣活の中で楽しむ。そういう要素が、これから⼤事なんだと思うんだよね。それがいい具合に発酵して、熟成すれば、次の社会が楽しみになるから」(岡村さん) 過去から現在、未来へ。今、⼿の内にあるものを受け取り、楽しみ、次に渡す。楽しみの内にこそ、希望があるのだと、岡村さんは語ります。



⼆階堂さんは、2016年に移住して地域とのつながりがまだ強くないことへの危惧も語ります。
「伊⾖で、⼟を使って、ものをつくってはいるけど、地域の中でものを動かしていない。地域を⾶び越えて、世界中の人と仕事をしているけれど、地域の⼈たちとの交流がない。近しい⼈たちとの相互関係がないと、⼭の暮らしは成り⽴たない」


先に⼯藤さんが「共感して輪を広げる」と⾔ったこと、⽥根さんが「仲間をつくるという選択肢」と⾔ったこととも重なります。⼭の暮らしに限らず、都市部においても、改めて「繋がりを持つ」ことが挙がりました。⼈⽣における普遍のようでありながら、世界中で分断や隔絶が起きている中では、むしろ強調すべきことなのかもしれません。
回を追うごとに、それぞれの視点の違いもありながら、考えが重なり合う部分が⾒えてきます。この FIRST PLACEで「⾷を囲み、違うもの同⼠が集い、語り合う」ことの意味は、その濃淡の⽣まれるところなのではないでしょうか。同じ意⾒でなくていい、とにかく考え続けるために。
時を経ても変わらぬもの、変わったからこそ⾒出せる希望、そのどちらをも⼿に、先へ進む⽅法を、これからも考え、共有していけたらと考えます。
GUEST PROFILE
⼯藤桃子 / Momoko Kudo
建築家。1985 年東京⽣まれ。研究者の⽗の赴任に伴い、⼩学4年⽣までスイスで過ごす。多摩美術⼤学環境デザイン学科卒、組織設計勤務のち⼯学院⼤学藤森照信研究室修⼠課程修了。2016年、「MMA Inc.」を設⽴。建築設計のほか、インテリアデザインや展覧会の展⽰構成も⼿がける。
m-m-architecture.com
狩野佑真 / Yuma Kano
1988年生まれ。東京造形大学デザイン学科卒。アーティスト鈴木康広氏のアシスタントを経て、2012年に独立。実験的なアプローチによるマテリアルのデザインを得意とし、時の経過や変化の美、多様な生態といった概念をデザインに映し出す。『ISSEY MIYAKE』など企業/ブランドと注目のコラボレーションを重ねる気鋭のデザイナー。
yumakano.com
⼩池陽⼦ / Yoko Koike
料理家、「SUNPEDAL」代表。ヴィーガンをベースに、ケータリング、製造販売、「さんぺだる塩」などオリジナル調味料の制作を⼿がける。2024年秋、墨田区に店舗兼アトリエをオープンし、レストラン営業をスタート。
www.sun-pedal.com
⽥根 剛 / Tsuyoshi Tane
建築家。1979年東京生まれ。「ATTA – Atelier Tsuyoshi Tane Architects」代表。フランス・パリを拠点に活動。主な作品に『エストニア国立博物館』、『弘前れんが倉庫美術館』、『アルサーニ・コレクション財団・美術館』、『帝国ホテル新本館(2036年完成予定)』など。主な受賞にフランス国外建築賞グランプリ、フランス芸術文化勲章シュヴァリエ、第67回芸術選奨文部科学大臣新人賞など多数受賞 。
at-ta.fr
内藤正雄 / Masao Naitoh
「favoris inc.」代表。料理を軸に表現活動を行い、ケータリング、企画・空間ディレクションやパフォーマンスなど活動は多岐にわたる。2018年よりギャラリーなどの場を営む活動もスタート(現在は横浜・山元町のギャラリーバー「やまのうえ」)。主に神奈川県産の野菜を使用。
favoris.co.jp
⼆階堂明弘 / Akihiro Nikaido
陶芸家。1977年札幌⽣まれ。1999年⽂化学院芸術専⾨学校陶磁科を卒業後、2001年栃⽊県にて独⽴。2016年より伊⾖に移住。2011年の東⽇本⼤震災以降、仮設住宅に直接、陶芸家の器を届ける「陶ISM ウツワノチカラProject」を開始。欧⽶、中国、台湾などを含め、国内外で個展を開催する。
@akihiro_nikaido
文・構成:森祐子
写真:太田太朗