INDEX
肩を寄せ合い、食を共にする
「大雪」は、日本の季節を重ねる二十四節気において、冬の深まりを伝え、冬至に向かう時期。この日、〈昼の部〉は料理人の芳賀 龍さんがひとつながりのコース8品で季節の移ろいを表現してくれました。植物染色家の橘田優子さんによるフクギ染めが玄関先で落ち葉を透かし、ダイニングには柿渋で染めた蚊帳と茜染めのテーブルクロスで赤い部屋を設えて、集う人々を温かく包み込むように迎えます。
「冬は、一度、色を失うとき。葉が落ち、土に還り、新たな芽吹きの準備をしている」と橘田さん。
春の会ではやわらかなピンクに彩られていたシンボルツリーの桜はすっかり葉を落とした姿。そこに橘田さんのアイデアで、集う人々に植物染色によるリボンを渡し、結いつけてもらいました。
「一年の結びに」。ねぎらいのしるしと願いを込めた色のあかりが点り、場を彩ります。
深い赤に朴葉を載せ、ゲスト12名のお手拭きは淡いグラデーションを描くように染めて。テーブルには、英語のメニューが置かれているだけ。それぞれの体感をフレッシュに響かせて楽しんでいただけるように、ヒントのような簡素な言葉が並びます。
蚊帳の内側に肩を寄せ合い、親密な気配の中で食を囲む午後がスタート。
はじまりは、イチョウの葉に覆われた椀の「Winter’s Broth(冬のスープ)」から。「顔をうずめて、どうぞ」 芳賀さんが皆さんを誘います。目の前に置かれた椀を持ち上げ、葉の下から湯気立ち上るスープを口に含むと、一瞬ごとに変化する驚きの体感。柑橘ベルガモットの皮を擦った弾ける香りが鼻先をかすめ、すぐさま追いかけてくる深い山の香り。ドライや燻製、さまざまなきのこから取った出汁を乳酸発酵させ、昆布や発酵茶、松茸の出汁、かすかに効かせたわさびのオイル……澄んだスープから続く余韻。
それぞれが目を見開き、口元がほころび、周囲と視線を交わす、福々とした時間が流れ出しました。
締めた小肌には、春菊や青リンゴ、わさびにカシスの葉オイルで日本の爽やかなグリーンソースを。最後にいちじくの葉のオイルがあまやかなエッセンス。
蕪は、生のスライスの下にそっと置かれたピュレが隠れた主役。蕪をまるごと蒸して、発酵が進みやや酸味を強めた甘酒と合わせた「蕪と水と麹だけ」のピュレは、朝、ひと口なめた岡村さんの心をわしづかみにするふくよかさ。高知のベルガモットで柑橘を香らせ、松のオイルを垂らして。
豆皿にのった赤い小さな粒。夏いちごにプラム、トマト、そして黒ニンニク。思い出は濃くも儚く過ぎ去った、と言わんばかりに、夏のうちに保存し凝縮させた味を、少しだけ。
「冬になると赤がほしくなる。夏の暑さをしみじみ思い出せるのは、涼しくなった今だから」
過ぎた夏の暑さを懐かしく思い返す、赤いひと口の刹那。
ゲストの一人から「Plate of humor!(ユーモアのひと皿ね)」とのつぶやきが聞こえてきました。
窓際のキッチンでは鴨の準備が進みます。つけ合わせの椎茸はオーブンから何度か取り出しては国産のウイスキーでつくられたビネガーを吹きつけ、再びオーブンへ。椎茸のひだから旨みのつまった露が顔をのぞかせたら、フライパンでカリッと焼こうかどうしようか、と考えながら。時の流れの中で、その場のベストを決める。どの料理も、本当にかすかなヴェールをかけるような繊細さで、少しずつ手を加えては様子を確かめ、判断していく過程が印象的でした。
つくば産の特別な鴨は、皮目を焼き付けた後、オーブンで3時間。60度の低温でじっくり火を入れれば旨みを逃さず柔らかく仕上がる。Mieleのオーブンは、風を回しながら低い温度を保てるので、表面をドライに保てます。最後に針葉樹の香りを一気に纏わせて。
鴨をとりまく森の自然を想像したという食材の組み合わせ。山形のカリンのピューレ、そして松ぼっくりの新芽から抽出したシロップに赤味噌のたまりやカシスのビネガーなどをソースに。
食事は、セイコガニの出汁と合わせた「軽いお粥のような」清らかな〆。11月から2か月しか獲ることができない今だけの味を、わずかな塩、バターに山椒オイルでシンプルに。
そしてデザートへ。まずは和栗を蒸して甜菜糖を少しずつ混ぜ込み「和栗は本来、より水分を感じる植物の味だから」とふわふわのやわらかなクリームに仕上げた驚きの「モンブランよりモンブラン」。生クリームとサワークリームとはちみつをソルベのようにして割りメレンゲと合わせた、夢見心地の淡い体験。
最後に、麹とクロモジの生チョコを、クロモジの枝にさして。これが本当の締めくくり。
姿、香り、味わい。ひと皿体験するごとに風景が立ち上がるような一連の物語。眉が持ち上がり、「うわあ」と驚くゲストたちの表情を何度見たでしょう。新しい、けれど解けるように体に染み込むやわらかい響き。リラックスしたムードの中、感想を交わす穏やかなざわめきが続きました。
現れた料理のすべては、日本で採れた素材から生まれたもの。素材そのものの味を丁寧にすくい取って際立たせたA touch of pure Japanese―「僕らが生きているこの列島100%でできている味」と芳賀さんは話します。夏の間に保存しておいた素材、時間をかけて発酵させた調味料。色が息をひそめる間も、いのちは絶えず巡りの中にあるこのときに、「冬そのもの」だけでなく「巡りの中にある今、ここ」へと眼差しを開くコース料理でした。
対話の始まり:AIと稲作
時を移し、〈夜の部〉が始まります。植物染色作家の橘田優子さんとなどやの岡村俊輔さん、傍で料理をしながらの芳賀 龍さんによる対話。衣食住それぞれを担う立場から見える未来と今の考えを通わせていきました。
岡村さんは、100年後には今の3分の1にまで人口が減るという試算もある日本社会で、今の社会を支えてきた橋、水道、道路はやがて更新できなくなる、と言います。
「人がいなくなれば税収もなくなり、インフラはますます更新されなくなる。地域の限界集落や超高齢化社会ですでに見えている問題は、100年後には都市でも起きてくる」
それを暗い話題と捉えないのが、岡村さんです。「東京で人がいなくなったら、今の海抜ゼロメートル地域を中心に湿地帯が増えて、200年後にはきっと森が生まれているんですよ」とにんまり。
「湿地帯がたくさんあったら、水田がいい。その頃にはAIが今よりもっと発達して、朝起きたら、今日の最適な作業を教えてくれる。そろそろ草引きをしましょう、とか。そんな世界は、羨ましい」
「まあ、AIは集合知だから。それで知った気になったり、できた気になったりするのは…」と橘田さんが口を挟むと、「それは危険だけど、今まで積み上げてきた知識にいつでもどこでもアクセスできる、というのは人間が生み出した成果だと思う。だからこそこれから知識には価値がなくなって、腕のある職人が大事になってくる。料理とかね」と岡村さん。
プレイフルに、生きる
「人間は、持っているものをやめる、手放す、というのが難しい生き物」という橘田さんは、「今までは水道やガスのインフラを企業や国に与えられていた。当たり前にあるものがなくなることは不安なこと。だからこそ、プレイフルである、というのが鍵だと思う。遊び心があること」と話します。
芳賀さんも「何を聞いてもAIで瞬時にわかる世界になっていたら、知るということには価値がなくなってしまうかも。ただ何にもないところからおいしい料理や楽しい空間を生み出せるプレイフルな人がハッピー、という可能性がありますよね」と続けます。
朝、階下の土間にある土のテーブルのひび割れた隙間に、赤い南天の実を置いた橘田さん。ハート形にも、鳥のかたちにも見えます。
「しばらく橘田さんの姿を見ないなあと思ったら、ニコニコして現れて。二人で、農業の始まりって案外こんなことだったんじゃないかって話してたんです。赤くてきれいな実を見つけたから、そこに置いておいたら、芽が出て地域のシンボルツリーになって、その実を食べたらおいしかった、というふうに。農耕の歴史は所有、戦い、資本の始まりと言われているけど、それは一つの見方でしかなくて」(芳賀さん)
歴史の中では語られない、人々の小さな遊び心から発見が生まれた、という想像。
見直す、という新しい理解
スープをイチョウの葉で隠してしまう、という遊び心で昼の部のスタートに美しい椀を供した芳賀さん。
「料理は、理(ことわり)を料る(はかる)、と書きます。いまだにどういうことかよくわからないけれど、何かすごい。物理の法則を解くように難しくも考えられるし、やろうと思えば芸術にもなる。自分としては、見直す、ということをしています。例えば、日本を、このユーラシアの、この緯度と経度の位置にある列島として見る。日本という枠組みを離れると、知らなかった”おいしい”が見つかる。森には古来食べてこなかった木もある。例えば今回使った松のオイルもそう。そういう目で見直せば、希望のない日本ではなく、200年後もおいしい列島であり続けるかもしれない」と言います。
既存の価値観では生きられないと思えばネガティブに感じられる状況も、見直す……新たな視点で捉え直せば、違うものが見えてくるのかもしれません。
コントロールできない存在があることを、知る
岡村さんも、「面白いですね。理解という言葉も、理(ことわり)を解する、と書く。英語だとunderstandingで、語源としては間に立つという意味もあるらしい。何かを理解するには、間に立つ。自分の外に立たないといけない。龍さんが言った、見直すということは、理解するということ、理解を、努めるということなのかな、と思う」と、重ねます。
橘田さんも「だって、まだまだわからなことだらけ」と続け、「だから、面白い。植物染めを始めて30年ぐらい経つけれど、いつも同じようにはできないし、毎回感動がある。自然には敵わない。自然の美しさは、つくりたいと思っても、絶対に叶わない。その感覚がすごく大事だと思う。自分にはコントロールできない存在がある、と知っていること」と自然への眼差しを添えました。
「それでも自然を違う形では見せることができるんじゃないか、というのが制作の動機になっている」
今、ここにあるものだけで、最高に楽しめる自信
「料理では、少ない材料だけで、素材が持っている複雑性を表現する、ということをすごく大事にしています。蕪と水と麹だけでもこうなる、それも完全にこの列島のものである、とか」(芳賀さん)
今、ここにあるわずかなもので、充分に楽しめる、という事実。それは、「今、自分の立つ場所」への自信にもつながるのではないでしょうか。
橘田さんの染色も、材料はシンプル。「染料は仕入れているものもありますが、多くは買うことのできないものです。林業の人に、あの木を切ったら連絡をくださいと頼んでおいて、取りに行って剥いで乾かして保存して。関係性がないと手に入らない、ということが面白い。できるだけ買わないで調達したいというのはいつも意識しています。」
「わかる。俺も買いたくない。ここにあるものは、Mieleのものとクーラー以外は新しいものがない。未来のため、環境のためではなくて、ただこっちが好きとかかっこいいとか」と岡村さん。
橘田さんは続けて「今、芭蕉布という織物を学んでいて、バナナの仲間の糸芭蕉という植物を倒して糸にするところからなのだけど、ゼロからつくれるという謎の自信が湧いてくるんです。お金をいっぱい持ってます、というのとは全然違う安堵みたいなものがある」
それは岡村さんが、FIRST PLACEをなどやの庭土や解体の過程で出た瓦礫や廃材だけを使い、自分の手を動かして作ってきた思いともつながります。
200年後の文化をつくるのは、今の遊び心
話の途中、さまざまな音や香りを立てながら、芳賀さんの料理が進みます。それを見つめながら「料理はいいよね」と微笑む二人。
「料理、いいですよね」と芳賀さんも頷きながら「でも、料理は自分の意思が一番表れるから、少し恥ずかしい」と言います。
「例えば、優しい味にしたかったら、ザクザクポテトではなくて、マッシュポテトになる。風邪をひいた時に母親がつくってくれたものは、柔らかくて、あったかかったけど熱々じゃなかったはず」
「意図が透けて見えるから、恥ずかしい?」(岡村さん)
「対象を思いやる気持ち、だよね。でも、その気持ちはバレちゃってもいいよね?」(橘田さん)
「人間は、感情を物事に変えることができる。それがAIにはない部分ではないかとも思いますね。200年後も、そういう気持ちの表現は残る普遍なんじゃないか」(芳賀さん)
「200年後は、もっとそれが濃くなっていくんじゃないかな」(岡村さん)
「私も作品をつくるときは、狙わないことを意識する。意識している時点で狙ってるんだけど、でもどうやって狙わないでいられるか、というのはすごく考えてる」(橘田さん)
でもそれは、さっき話していた遊び心の発露でもあり、素直な挑戦でもあって。
3人に共通するのは、自分の手で確かめ、試し、様子を見て次を決める姿勢。そこに楽しみを見出す、遊び心こそ、残すべき文化だと、岡村さんは話します。
「遊び心、それが文化なんだと思う。昔の人は、農耕を続けていくために、祭りや歌で楽しさを見出していた。これから先、残さなければいけないことは、楽しみの先に生まれる文化とか価値観。そういったものはすぐには生まれないから。未来には、知識や労働者を残すのではなくて、いかに楽しくどう暮らすか、という方法、暮らしの生き方を残していかなきゃいけない。それはAIでは教えてくれないから」
話が進む間にも、シーザーサラダ(クルトンもオーブンとパンの2度焼きでもちろんお手製)、春菊と青リンゴのサラダ、蕪と水晶文旦のサラダ、根菜満載のグラタン、美しい鯛のアクアパッツァ、ミートソース とあっという間に仕上げていく芳賀さん。
「ここにいるみんなは、共に未来に向かう、これからを生きるファミリー。賄いは、海外ではファミリーミールと呼ぶ大事なもの。みんなで食べることは大事だから、今日も賄いとしてつくりました」
集う人々で分け合って、何度もおかわりをして。合間に漏れ聞こえてくるのは、「今度、こういうことをするんだ」「いいね、一緒にしようよ」「もうちょっと聞かせて」「どう考えてる?」という聞き合いの言葉。互いの未来に期待して、集い、始め、また続ける。そうして少しずつ進むうち、新しい未来は、やはりひょっこりいい転機を迎えるのでは、という期待を残しながら、夜が更けていきました。
GUEST PROFILE
芳賀 龍(はが・りょう)
東京での修行を経て、京都「monk」にて2年間、今井義浩氏に師事。在職中にデンマークの「Kadeau Copenhagen」での研修。2022年より「noma」へ。部門シェフとして2025年1月まで在籍する中で、”time and place”の哲学を深く学ぶ。現在は”A touch of pure Japanese”―日本人としての新しい料理を探求、表現すべく国内外を視野に開業準備中。
橘田 優子(きった・ゆうこ)
1998年より草木染めによる衣服の制作を開始。東京・兵庫・千葉を経て、2011年に沖縄県北部へ移住。植物染料の栽培や採取、薪の火や発酵などによる染色からデザイン、縫製まで、物が生まれて土に還るまでを分断のない一つの流れとして捉え、「自然と人間を媒介する」というコンセプトを軸に制作を行っている。
岡村 俊輔(おかむら・しゅんすけ)
建築家・などや主宰/STUDIO nadoya代表。建築設計事務所、建設会社を経て2018年に独立。2020年に、恵比寿と代々木上原の古い一軒家に手を入れながらオルタナティブスペースを開き、場であり活動体である「などや」をスタートする(運営会社:株式会社nanzoを設立)。2022年、「などや恵比寿」は契約満了につき活動を終え、新たに「などや島津山」を開設。「都市における自然と生」の姿を模索する。
Table Settings: Makiko Iwasaki
WINE: Yukiko Yamamoto
写真/太田太朗
構成・文/森 祐子
FIRST PLACE について
「Immer Besser」(常により良いものを)の理念のもと、125年にわたる歴史の中で暮らしを見つめてきたMieleと、場づくりを軸に人の営みを考察し、交流ハブとしての試みを重ねるnadoyaによるプロジェクト「FIRST PLACE」。キッチンを据えた場をつくり、集い、交わり、共に未来を考える。
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