ドイツでも始まった新しい暮らし
ドイツ・ミーレ本社のイエンツ・コイネケさんが先般来日、ミーレのデザイン部門の副責任者/製品・UIデザインディレクターとして活躍しています。日本の留学経験もあり、大の日本びいきのコイネケさん。日本の家での生活も体験したことがあります。そんな彼の視点から、改めて「ビルトイン家電」の最新事情とメリットを伺う機会を得られました。
ビルトイン家電は合理性を重視するドイツでは一般的な、キッチンキャビネットに組み込む調理家電です。戦後、食器棚やシンク、薪で煮炊きするキッチンストーブを狭い住宅の中でいかに置くかという省スペースの考え方、そして機能動線を確保して調理できるかという発想から広がりました。そして2024年、それは今「住まいの頭脳」にまで発展しているのです。
「やはりコロナ禍の影響はとても大きかったです。特にドイツはルールが厳しくて、本当に家から一歩も出られなかった。そんな時、家族が大きな楽しみにしていたのが食事です。すぐれた調理家電はその時、大活躍してくれました。1つは3食つくる大変さを助けてくれた。オーブンにセットするだけの調理、食器洗い機での後片付け、拭くだけできれいになるIHクッキングヒーター。2つ目は便利なだけではなく、外食のレストランの様な美味や繊細な温度管理でのハイレベルな調理を家庭で実現できたこと。どの家電にでもできることではなく、ミーレの家電だからできたことです」とコイネケさんは振り返ります。
「世界が変化して、物価が上昇し、ドイツでも広い家はすぐに手に入らなくなりました。ナロー(狭く)になりましたよ。男女の役割も変化し、家事は分担するもの。それでいて、人々は世界の美食を知り、それぞれの価値観を持ち、暮らしの幸福を追求することに妥協はしません。広さに限りがある住まいでもQOL(生活の質)を保つためにビルトイン家電に投資します。ミーレの製品開発は、その点を意識しています」とコイネケさん。
世界に困難な条件が起こっても、人間は生活の質を求めてやまない。それが文明や文化を発展させてきたのでしょう。ミーレという家電ブランドの中にも、そんな文脈が流れているのを感じます。
プラグマティックキッチンとは?
コイネケさんの家電開発は、技術より先にキッチンをめぐる生活や建築、インテリア空間の分析から始まります。インタビューの最中に門外不出の研究資料をちらりと見せてくれました。その中に心に留まったキーワードがありました。それが「プラグマティックキッチン」という言葉です。
直訳すれば「実利的な台所」。たとえコンパクトなキッチン空間でも、ビルトイン家電を収めれば、効率的な動線が得られるという考え方です。調理時間を短縮する高性能な調理器具や、省エネルギーな冷蔵庫などが選ばれます。キッチンと家電の関係では、不必要な要素や複雑なデザインを排除し、シンプルさを追求します。必要最小限の家電を選択し、キッチンのレイアウトをシンプルかつ効率的にすることで、空間がすっきりと美しく、使いやすくなります。また、掃除が容易な家電も重視されます。
日本の住空間を知るコイネケさんは、「プラグマティックキッチンはまさに、日本の家庭がビルトイン家電を取り入れる時にヒントにしてほしいコンセプトワードです。その時にミーレのビルトイン家電を採用すれば、実利的な効果と本質的にプレミアムな暮らしが実現できます」と説明します。
そこにこそ、ミーレの哲学と技術力が活かされているのです。具体的に見ていきましょう。
こんなにたくさんのことができる
「ビルトインオーブンはまず省スペースに貢献します。さらに生活の質を向上させるのです。たとえばミーレのオーブンを選ぶなら、調理技術を駆使して欲しいですね。温度帯や加熱の加減を制御し、人間の知覚に近い感覚で料理を仕上げてくれるのです。皆さんが想像する以上にはるかに便利ですよ」とコイネケさん。
「オーブンは食材にモイスチャーを与えながら、肉や魚、パンなどもしっとりと仕上がる機能もあります。電子レンジ機能付オーブンはレンジとオーブンの組み合わせモードで素早い加熱ができます。コンビスチームオーブンは、オーブンは焼くだけではなく、蒸す、ゆでるなどの調理方法で、オーブンに新しい価値観を与えました。ミーレはわずかなスペースで、利便性と美味という二つの価値をユーザーの暮らしに提案しているのです」
ビルトインコーヒーマシンもミーレの人気商品の一つですが、今は豆を産地や好みの焙煎方法、テイストで飲み分ける時代です。ミーレはそんなライフスタイルに即して、豆のコンテナを3つ備え、豆ごとの飲み分け、濃度、ミルク入りなど、プロのバリスタにも負けないコーヒーを家庭で提供します。本当に省スペースというだけの価値で選ぶのがもったいないのが、ミーレのビルトイン家電なのです。
これだけの機能を間口60cmに備えられることは、広さに限りがあるキッチン、ランドリースペースに大きな効果をもたらします。コンパクトな動線でプロ級の料理ができあがり、後片付けは食器洗い機が衛生的に洗いあげる。浴室に隣接したランドリースペースでおろしたてのようなレベルで洗濯物が仕上がる。コンパクトサイズの家でもキッチンでもランドリーでも、ミーレのビルトイン家電を組み込むことでテクノロジーを駆使した未来の生活ができるのです。
「将来の暮らしの大きな可能性を考えると、ミーレを選ぶ理由はいくつもありますね」とコイネケさんは微笑みます。
「ミーレのビルトイン家電は、すべて生活にひもづいて総合的に考えられています。食器洗い機、洗濯機、ドライヤー(衣類乾燥機)、オーブンやIHクッキングヒーターなどの調理家電、コーヒーマシンやディッシュウオーマー(グルメビルトインドロワー)はすべて関連づけられて、“住まいの頭脳”として住み手の指示に従うのです。掃除機さえも、床掃除だけではなく、カーテンやソファまでハウスクリーニングできる機能を持ちます」
ミーレという「頭脳」を住まいに
コイネケさんが手がけているのは、色や形、見た目のデザインだけではありません。UX(ユーザーエクスペリエンス)という、目に見えない技術をミーレの製品に落とし込むというもっとも重要な部分を担っています。それがインテリアに組み込まれた時、違和感なく空間に溶け込むのですが、私たちがミーレ製品に触れた途端、ミーレと私たちの間では会話が始まります。
ミーレには多種多様なビルトイン家電が揃っています。その哲学はミーレの機能を暮らしに溶け込ませること。オーブンやコーヒーマシンなど違う機能の家電をビルトインしても操作部が同じデザインに見え、ラインがそろうことで、インテリアに違和感がありません。操作部の使用方法もできる限り共通化しています。これはヨーロッパでもミーレが先駆者で、デザインチームが最も注力したUI(ユーザーインターフェイス)です。これによってノンストレスな作業環境を整えています。
そのためにミーレでは早くからIoTの考え方を、製品に取り入れてきました。独自のアプリで家の外からでもミーレ製品の稼働の様子やオンオフの指示ができるのは、ミーレがいち早く考えてきたことです。
「特に僕が研究を任されているのは、UX(ユーザーエクスペリエンス)。タンジブルユーザーフェイスといって、形のない情報をユーザーが無意識に触れ、自分のために使えるようにする技術です。オーブンでも食器洗い機でもミーレ製品のドアは単なるドアではありません。料理をどう仕上げたいか、食器の汚れがひどいかなど、製品とユーザーがコミュニケーションする接点なのです。タッチスクリーンを通して、アプリ的に双方向なやり取りができると言ってもいいですね」
「正直、ミーレ製品の操作部分はかなり多機能だと私も感じています。ビルトイン家電やデジタル機器に慣れてない人はすべての機能を100%使い切ることは難しいと言えます。ただ世界中の料理習慣、ライフスタイルに答えるため、あらゆるソリューションをできるだけ盛り込むことも私の大きな課題なのです。市場は世界に広がっています」
想像してみましょう。共働きの夫婦が、夕飯の下準備をして出かける。先に帰宅した方が、オーブンにセットしてスイッチオン。帰宅中の家族はフードビューというオーブン内の庫内カメラで料理ができる様子を見ることができる。食後は食器洗い機にまかせ、洗剤の投入も運転開始も設定通りに稼働してくれる。そこで生み出される時間は、まさにQOLをあげるものです。
ランドリー機器も衣類の種類によって洗い分けをしたり、衣類のリフレッシュをしたり(乾燥機能に搭載)、特殊生地のスポーツウェア、スニーカー、ぬいぐるみやカーテンまで家庭のあらゆるものを清潔に保ってくれます。洗濯は家族にとって大きな負担ですが、ミーレのランドリー機器がクリーニングに行く時間やコストまで減らしてくれるとなれば、決して高い買い物とは言えないでしょう。
「生活のデジタル化は今後世界で主流になってくるのは間違いありません。ミーレという頭脳を家に組み込み、生活の新しい流れをつくる。だから僕はオールミーレでそろえることを推奨しますね」(コイネケさん)。
たしかにいまスマートフォンを持たない人はいません。そう考えると、今後さらに知的好奇心が高い、デジタルデバイスに強い人がミーレのメインユーザーになってくるのではないでしょうか。
ビルトイン家電はインテリアのために
そしてコイネケさんは、ビルトイン家電とキッチン空間の関係についての未来を予測してくれました。「今後、キッチンのビルトイン家電はますます技術力が高まる一方で、キッチン空間に溶け込み、存在感をなくしていくでしょう。『ハイド(隠して)&シーク(探す)』というスタイルも増えていますが、これは、キッチンは大きな扉で隠され、開けるとシンクやビルトイン家電が出てくる。閉じるとまるでキッチンが存在しないようなリビング空間になる。そんなキッチンレイアウトも世界では増えてきています」
「またビルトイン家電の扉(フェイス)の色と、操作部のユーザビリティは、僕の専門分野の一つでUX(ユーザーエクスペリエンス)と密接に関わっています。まず色は、今後増えていく明るいオーク材の色に合わせて『パールベージュ』*というブラウンにもグレージュにもなじむ色を開発しました。黒はオブシディアンブラックマット。触り心地含めて、世界的に人気の色で、扉に写り込みがないのも好評です」。 *2024年のミラノサローネで発表された新カラー。日本での発売は未定
これらの色はコイネケさんがたくさんのキッチンメーカーとディスカッションを行い、違うブランドであっても共通してなじむ色を研究していくそうで、取材時に手元にあった資料は大変な量でした。さらにこれを社内で決定し、実際の色に落とすまでのプロセスは数年かかるそうで、「新色発表」というニュースは、たくさんの研究成果の結実です。
タイムレスという哲学
「ビルトイン家電は省スペースに役立つが高額。使い方が難しい。日本ではビルトイン家電がそう思われがちなことを、私は非常に残念に思っています。間口60cm。そのわずかなスペースをいくつか設けることで、生活の質が上がり、暮らしに時間のゆとりが生まれる、その魔法のような実力をもっともっと体感してほしいと思っています」
いままでそんな家電があったでしょうか?狭いキッチンであれ、広い家のキッチンであれ、これからの私たちに大切なのは、家電をものとして扱うことではなく、相互にコミュニケーションをとって、自分の生活のパートナーとして育てていくことです。それは近い将来の人間とAIの関係も予測される、一つの入り口のように感じました。これを読んだ皆さんにはまだピンときていなくても、次世代、皆さんの子どもたちの世代にはきっと当たり前になっているとおもいます。
「ミーレ製品には新製品という考え方はありません。ジェネレーションという考え方です(現在はGeneration 7000が最新)。ミーレのイノベーションは新製品だけではなく、新しいジェネレーションを広く見据えています。創業以来の哲学を次世代が引き継ぎ、全てを変えてしまうことはありません。‘’常により良く‘’という考え方で、新しい技術を滑り込ませていくのです。だから30年前のミーレの製品も最新製品も、見た目から受ける印象は同じなのではないでしょうか?でも常に人に寄り添って進化している。タイムレスであることは、哲学のあるブランドである証拠なのです」コイネケさんはそう話を締めくくってくれました。
Interviewee : Jens Keunecke イエンツ・コイネケ
ミーレ デザイン部門副責任者/製品・UIデザインディレクター
Interviewee : Jens Keunecke イエンツ・コイネケ
ミーレ デザイン部門副責任者/製品・UIデザインディレクター
1966年ドイツ・キール生まれ、ハノーバー工科大学で機械工学を学んだ後、サイエンスアート、1992年からハノーバー応用科学芸術大学、ロンドンのブルネル大学、広島市立大学に入学し、インダストリアルデザインを学ぶ。シーメンスで家電やパーソナルコンピューターなどのデザインに携わり、2006年ビルトイン式の食器洗い機やランドリー機器を製造する家電ブランド・ミーレ(ドイツ・ギュータスロー)に入社。ユーザーエクスペリエンスや先進技術をテーマにした最新の生活家電を開発している。
Interviewer : Miki Homma 本間美紀
キッチンジャーナリスト
Interviewer : Miki Homma 本間美紀
キッチンジャーナリスト
キッチン&インテリアジャーナリスト。早稲田大学第一文学部卒業後、インテリアの専門誌「室内」を経て、独立後はインテリアから考えるキッチン、国内外の家具、インテリア、デザイン、ライフスタイルなどを取材。編集執筆、セミナー、企業のコミュニケーション支援などで活動中。ミラノサローネ国際家具見本市、メッセフランクフルト、アルタガンマ財団など世界のインテリア見本市や本社から招聘され、イタリア、ドイツ、北欧など海外取材も多数。日本でのハイエンド住宅の取材も多く、ユーザーインタビューの質でも定評がある。多方面からの取材で発見する「リアルな言葉」でインテリアの世界をわかりやすく表現している。著書に「リアルキッチン&インテリア」「人生を変えるインテリアキッチン」「リアルリビング&インテリア」(小学館)など。
リアルキッチン&インテリア ウェブサイト
https://realkitchen-interior.com