FIRST PLACE イベントレポートVol.10 「THINK &TASTE」 つくる先まで想像して
2025.10.02
vol.10 「THINK &TASTE」

つくる先まで想像して

食を囲み、対話を重ねる「THINK & TASTE FIRST PLACE」。今回は建築家の吉田愛さんを迎えてのトークです。「などや」の岡村俊輔さんが自らの手を動かし「「FIRST PLACE」」に込めた思いに、吉田さんも共感しきり。「未来を、考える。」をテーマに始まった、様々な立場の人々と思考を交える場。今回の二人が語った「これからの建築」とは。

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建築家同士のトークは、業界の知人たちを巻き込み、賑やかなトークの会となりました。語り合う二人の傍では、山本千織さん(chioben)の料理が進行中。鶏にハーブを揉み込んで低温スチームで火を入れ、冷やして桃とあわせてサラダを。そしてchiobenならではの春巻を盛大に包みます。今日の具はサーモンと長芋とルッコラの組み合わせ。最後にMieleの長いベーキングディッシュに合わせて豚ヒレのロングカツ。蕗のとうのきんぴらペーストとブルーチーズ、パプリカのローストを巻き込んで大胆に揚げていきます。二人は時折揚げたてをつつきながら、そして皆と交流しながら、業界ならではの視点でこれからを語ります。

調理中の写真
料理の写真

などやの岡村俊輔さんにとって、吉田 愛さんと谷尻 誠さん率いる「SUPPOSE DESIGN OFFICE」は「いわゆる建築の王道的な人たちとは違って、痛快。普通の仕組みと違うかたちでやってきたでしょう」と一目を置く存在。吉田さんは「雑草チームとしてね」と明るく返します。
例えば代々木上原にある社屋では、オフィスの一部に、誰もが訪れ食事できる「社食堂」があります。開かれたオフィス。「本当にオフィスと境界なく本とキッチンがあるのが面白いと思ったから」と吉田さんが言うように、少し違う角度から社会を眺め、新しい価値を差し出すような自社の活動が目立ちます。
「依頼を受けてデザインするにとどまるのではなくて、空間をちゃんとビジネスにする、というところまで、自分たちでしたほうがいいなと思って。デベロッパー的なことを、設計事務所でもやってみる、というチャレンジ。つくりたい未来や、世の中にこういうものがあったらいいな、というものを、自分たちが選んで実行していくようなこと」(吉田さん)
「建築家は、こっち発信で価値をつくれない。本来は建ってからがスタートなのに、そこは責任外で僕たちは完成したら終わり。つくったものを別の形でお金に変えていくということができたら、僕の仕事も変わっていく、と思ってなどやを始めた」(岡村さん)

自分の手でやってみる。手近な材料で、自分でできる工法でつくった「FIRST PLACE」
自分の手でやってみる。手近な材料で、自分でできる工法でつくった「FIRST PLACE」

「クライアントワークでも、使い方も含めて新たにこうしたら価値が生まれる、という価値の創造まで含めて提案する。だから本当は、竣工した後も関わって、一緒に育てる感覚で仕事したい、という思いが、私は強かった」(吉田さん)
「そのためにはまず自分でやるっていうのが一番手っ取り早いってことね」(岡村さん)
吉田さんたちは今、建築に加えて、建築を軸とした食、宿泊サービス、不動産へとビジネスを展開しています。
「自社でやる場合は、スタート時は完成していなくていい、と育てていく気持ちで、失敗しながらね。私は不器用だから、自分でやってみないとわからない」

吉田さんと岡村さんの写真

岡村さんが、日本は経験したことのない人口減少社会に突入していると語るのを聞いて、吉田さんは、「2050年はけっこうすぐだけど、それでもずいぶん減るんだね(今の4分の3程度になる試算)」とリアルタイムの変化を感じ取ります。
「この先100年で、今まで僕たちが信じていた未来とは全く違う未来があるから、再定義しないといけない。それをするのに、20代はまだ若い。60代じゃもう遅い。40-50代の僕たちが、この先の未来に対してどう着地していくのか、一番乗りで考えなければならないという使命感がある」(岡村さん)
「切実なテーマ。でも、前提が全然違う、というのは、楽しいことですよね。課題としては、かなり楽しい」と、吉田さんは明るく言い放ちます。
「100年も経てば、20世紀につくられた人工物が、もはや自然。人口が減っていく過程で、コンクリートの瓦礫の上で、僕たちはどう生きていくのか」と岡村さんが予想する未来を語ると、吉田さんは、「私は、けっこう廃墟が好きなの」と続けます。

70年以上前 のコンクリート床のひび割れを、そのままサイドに巡らせたキッチンカウンターで。
70年以上前 のコンクリート床のひび割れを、そのままサイドに巡らせたキッチンカウンターで。

「廃墟は自然に近い。ほったらかされたとき、人工物が自然に飲み込まれていく」(吉田さん)
「自然に帰っていく途中ね」(岡村さん)
「そう、その段階を、中間領域の場所の気持ちよさや面白さとして、自分たちの建築のテーマにしているところがあって。軒下とか、縁側みたいなところを、壁やサッシ、窓でパキッと仕切るのではない、境界のない外のような中、というあり方を、いろんなやり方で試してきた」(吉田さん)
例えば、長崎・五島列島のホテルSOU(2021年)。海に近く、風化した古い建物の骨組みを生かした半屋外に植物が生い茂り、ブラインドのように日差しを遮り、プライバシーを守るのだそう。
「今の技術で建築的に解決するんじゃなくて、植物の力を借りて解決する。人工物と自然が共にその場所を作っていくという感じになるのがいい」(吉田さん)
「それを東京でやりたい。タワーマンションが今はバンバン建ってるけど、人口が減っても壊すこともできない、みたいな時代が来る。そしたらそこに暮らし始めるかもしれない」(岡村さん)
「廃墟に自然が入って、コンクリートジャングルじゃなくて、本物のジャングル(笑)」(吉田さん)
それってきっと、美しいよね、と二人は声を揃えます。
「減築っていう考え方で、吹き抜けを作ったり床を抜いたり、違う補強の仕方をしたりしながら、中に一つ家を建てることとか。色々できそうよね」(吉田さん)
そこに残されたものでつくる、という建築に想像を膨らませます。

岡村さんと大脇さんの写真

吉田さんは、鎌倉にリノベーションした拠点があります。庭では手をかけなくても梅や柚子、びわ、ハーブがふんだんにできるそう。
「もうちょっと頑張れば、ほぼ食材を買う必要もないな、と思うぐらい」(吉田さん)
「農業は超大変と言うけど、それは大量生産しようとするから大変なだけ。無理に品質を保とうとしなければ、自然のものは勝手に育つんですよ」(岡村さん)
庭の梅の実でシロップをつくれば、夏の間、体をひんやり潤すドリンクに。水分の多いものは夏にできるし、体を温める根菜は冬にできる、という自然のサイクルが感じられると言います。
「こんなふうに自然はできている。頭ではもちろんわかっていたことを体感として知ったのは、大きかった。全ての秩序は自然の中にある。それを知る暮らしは、本当に豊かだと思った」(吉田さん)
元の美しいつくりを生かした最低限のリノベーションは、寒暑厳しく、暮らすのは大変。虫のオンパレードに最初は悲鳴をあげたけど、蜘蛛もヤモリも害虫を退治してくれると受け入れて。
「人間以外のものと共存するって、意外に楽しいし、生きているという気持ちよさを得られる。不便は、豊か」
ここで働かなくても食べていけるかも、となっても、吉田さんは「仕事っていうものもちょっとはしたい」といいバランスを模索しているそう。

料理の写真

思いついたことはすぐにやる、という吉田さん。
「やってみるという体力をつけたい。理想として、こういうふうであったらいいな、ということを、やってみることが大事。クライアント案件では、問題があるかもしれないことは提案できないけど、自社であればチャレンジできる。失敗しても変えていけばいい、という思いで。最後をどこと捉えるかによって、それは失敗じゃなくて過程になるから」(吉田さん)
「こういうことは、シンプルな理屈ではなくて、やってみないとわからないことしかないからね」(岡村さん)
そうして運営のケーススタディを重ねながら、クライアントとの関係も、継続的な関わりを続けることが増えました。

などやの写真

「最近は、アイスクリームもつくってるの。それを、設計させてもらった場所にも卸して。そうしてクライアントとのお付き合いを続けていくのも一つ」(吉田さん)
「自分で作って、売る。そういう百姓的な生き方を、これからはしないといけないんだろうなと思う」(岡村さん)
失敗を過程と捉え、よりよく変化していく。自ら試して、身をもって知り、大きく活かしていく。吉田さんは、その価値を大事にしているからこそ、岡村さんが「FIRST PLACE」で手をかけていることを興味深く見つめています。「こみ入った技術がなくてもできるもの。自分の手で、ここにあるもの、ホームセンターですぐ買えるものでできること」で場をつくる岡村さん。
「この場所は、まさしく実験の場でしょう? これまでと全く違う、人口が減っていく日本の社会で、どう生きるか。それはとても面白いテーマですよね。つくる者として、私も何ができるかを想像していきたい。今、設計してほしいと頼まれるのは、開発する、つくる側の案件でしょう? 残ったもの、既存の建物をどう活用するか、という案件は、まだないよね。だから…」(吉田さん)
「まだ、社会とは合致しない部分」(岡村さん)
「それを、自分たちでやろう、ということだものね」(吉田さん)
まさに夜明け前、みたいな感覚ですね。話を聞いていた、編集者の車田 創さんが言葉を挟みます。
「いや、実はとっくに明けてまんねん、という状況。鳥はちゅんちゅん鳴いてるし、明るくもなっている」と岡村さん。だから今こそ、自分の頭で考えて、動きながら、人と交わり、考えたい。FIRST PLACEでの実験は、これからも続きます。

吉田さんと岡村さんの写真
山本さんの写真
調理中の写真

GUEST PROFILE
吉田 愛
建築家。「SUPPOSE DESIGN OFFICE」を谷尻 誠さんと共同主宰。飲食部門のプロデュース兼経営、ゲストハウス鎌倉はなれのディレクション等も務め、建築を軸に分野を横断しながら活動している。
@yoshida_ai_
https://suppose.jp/

料理
山本千織/chioben
料理人。2011年から代々木上原のバーを間借りして、お弁当の店「chioben」をスタート。現在はケータリングなど幅広く活躍している。著書に『チオベン 見たことのない味 チオベンのお弁当』(マガジンハウス)など。

写真/太田太朗
構成・文/森 祐子

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