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橘田優子さん:失われゆくものをすくい上げ、新しい形で繋げていく
「などや」のシンボルでもある大きな桜の木が満開を迎えたある日、エントランスと庭、そしてテラスには、薄く淡い色の布が手招きするように風に揺られていました。天女の羽衣とは、きっとこんなふうだったのではと思わせる幻想的なインスタレーションを手がけたのは、沖縄を拠点に活動する植物染色作家の橘田優子さん。淡い緑や黄緑、黄色やピンクは、福木や月桃、相思樹といった沖縄の植物で染めた自然の色。




「聖域を囲む結界のイメージです。今回の主役は桜なので、布はあくまで桜を引き立てるためのもの。布があることで桜が違った見え方をしてくれたらいいなあと。人間がつくったもので自然を邪魔したくない。桜の美しさを邪魔してしまったら本末転倒なので、布があるのかないのかわからないくらい、でも、あるほうがより美しく見える。そういうことを目指しています」と橘田さん。 そんな桜に対する布のありようは、古い家屋にしっくり馴染むMieleの家電の在り方とどこか通じるものがありました。


一方、吹き抜けの土間の天井から吊るされた一枚の布には圧倒的な存在感があり、祭壇のような神秘的なオーラを放っています。
「土間は、この場所の歴史を感じさせるシンボリックなところ。そこに淡いピンクの布を垂らすことで室内に春の気配を呼び込み、一枝の桜をお供えする感覚で、芽吹きの季節の喜びを表現しました。今って、自然の恵みに感謝したり寿いだりする行事や風習というものが失われつつありますよね。そういったものをすくい上げて、今に即した形にして繋いでいけたら。それがわたしの中でずっとテーマとしてあるんです。植物染色も、わたしがつくったとかではなく、自然から受け取った生命を布に乗せて誰かに手渡す。その媒介でありたいと思っています」と橘田さん。
自然の中に潜む色を可視化する植物染色。その手法を用いて光や風を透過する媒介として制作された布は、その場所が持つ幾層にも織り重ねられた時間や文脈と交わり、その場を訪れる人を優しく過去と現在へと誘います。それは、古い家屋を壊すのでなく、新しい気配を纏わせながら生まれ変わらせる「などや」の目指すものとシンクロしていました。
芳賀龍さん:日本における新しい料理の探求と表現


一日限りのインスタレーションに包まれたスペシャルな空間での桜の会。お昼のゲストには、芳賀龍さんによるコース料理が振る舞われました。この日特別にアシスタントを務めた出張料理人・岸本恵理子さんとの絶妙なコンビネーションで、鮮やかな皿が次々と繰り出されます。



1皿めは、旬の筍をシンプルにMieleのオーブンでじっくり蒸し焼きに。花山椒が香る卵とバターのソースが新鮮な味わい。2皿めは、文旦を包んだ湯葉の昆布締め、黒文字のオイルでマリネした独活とドライ苺、青文字の枝で串焼きにした烏賊と猪の肉醬とラルド、クリスピーな生地でサンドした牡丹海老と蕗の薹に、牡丹海老の頭でとった濃厚かつ軽やかな舌触りのビスクを添えて。

3皿めは、うるいとわかめを天然の真鯛の刺身でくるみ、乳酸発酵させた甘酒のスープとともに。スープをひと口含んだ瞬間、目が覚めるような爽やかさ。「これが甘酒?」と思うほど、従来の甘酒とはまったく違った複雑な味と香りに驚かされます。聞けば、調味に塩は一切使わず、米麹でつくった甘酒に乳酸菌を加えてさらに発酵させ、そこに高知のベルガモットの香りを纏わせているとか。つまり、いくつもの酸味を少しずつ重ねていくことで、味に奥行きを出しているのです。

「水彩絵の具の透明感を重ねながら、油絵のように深みを出していくのが自分の料理。まぎれもなく日本のものなのに、食べたことがない。そんな未知だけど既知の味、日本における新しい料理を追究して表現していきたいと思っています」と芳賀さん。
まったく新しい料理をゼロからつくり上げるのではなく、すでに知っているもの、記憶の底にあるものをすくい上げ、再構築して新たな味をつくり上げようとする芳賀さんの料理哲学もまた、「などや」とMieleが手がけた「FIRST PLACE」の在り方に通じます。



5皿めは、Mieleのオーブンで火入れした鴨に、金柑のソースとYoshino herb farmから届いたハーブのブーケを添えて。6皿めは、蛤の出汁で炊いたお粥。角切りに切った生姜が小気味いいアクセントに。コースの締めくくりは、苺と青文字の花の香りをつけたグラニテに甜菜糖のメレンゲをトッピング。このメレンゲは、「などや」の象徴でもあるキッチンカウンターに使われたひび割れたコンクリートをイメージしたといいます。自身の料理哲学を貫きながら、この場所で料理することの意味をも見事に一皿に昇華させました。
TALK&TASTE賄いを食べながら仲間と共に未来を語る


日没とともに空がロイヤルブルーに染まり、街灯が灯り始める薄暮のころ。ライトアップされた桜とインスタレーションが織り成す幽玄の世界に吸い込まれるように、続々とゲストが集まってきました。キッチンでは芳賀さんと岸本さんが「青果ミコト屋」から届いた新鮮な野菜を主役に調理を進めています。そんな芳賀さんのもとに幾人かのゲストが向かい、何かを手渡しています。ある人はビーツを、ある人はフェンネルを、ある人はヒラスズキのアラを……。じつは、事前に芳賀さんからゲストに「食材を持ってきてください」というリクエストがありました。夜桜の会では、芳賀さんがそれらを使った料理を即興で振る舞う趣向です。



過去に遡り、未来に繋ぐ(「そもそも」について考える)
いったいどんな料理ができ上がるのか。まずは橘田さんと「などや」をプロデュースする建築家・岡村俊輔さんの対話が始まりました。

「初めて『などや』に来たとき、一番印象的だったのが土間。岡村さんは、ここに堆積してきた時間に対してアプローチしているんだと感じました。ここに積み重なってきたものを一回全部むき出しにして、そのうえで新しいものを買ってきたり、集めてきたりするのではなく、ここにあるもので再構築している。岡村さんは、一人の人間が生まれてから死ぬまでの時間軸ではなく、もっと長いタイムスパンを意識している人なんだと感じました。共感する部分がたくさんあるので、ここに布のしつらえをすることは、すごく自然に、スムーズにできました」(橘田さん)

産業革命以降、機械化、自動化、デジタル化が進み、生産性と効率化が実現。「早く、たくさん」がよしとされる今の時代、それとは真逆の、時間と手間がかかる植物染色による制作活動を四半世紀以上続けてきた橘田さん。時間というものが自分の中でテーマとしてある、と語ります。
「そもそもどうなの?ということをずっと考えてきました。人間は、生まれた瞬間から自分の時間が始まるけれど、わたしのイメージとしては、川のように流れている大きな時間の中に、あるときいきなりぽちゃんって飛び込んだのが自分。だから、自分が飛び込む以前をきちんと振り返らない限り、先には進めない。未来に繋げてはいけない。それをすごく意識しています。わたしが植物染色を始めたのは、化学染料ができる以前は、そもそもすべてが植物染色だったから。植物染色は、自然の中にある色を、植物の中にある目に見えない色を可視化することができる。出せない色はないなと思ったんです」(橘田さん)


これからは相互扶助で生きていく
「FIRST PLACE」という言葉には、「In the first place(そもそも)」という使い方もあって、この場も「そもそもから始めよう」「もう一度土に立ち戻り、よりよい未来に着地しよう」という思いがある、と岡村さんは言います。「着地」を象徴するものとして、あえて「土」を見せたのだと。
「日本の人口は2010年以降減少し、今後100年かけて明治時代後半の水準に戻るといわれています。どんどん世の中がシュリンクしていくなかで、老後の年金はあてにならず、社会に依存しては暮らしていけない。そんなとき、頼りになるのはやっぱり仲間。とりあえず場所があれば人が集まることができるので、僕は建築家なので場所を作りましょうと。そこで山羊を飼ったり、田んぼを作ったりして自給自足をするのもいいけれど、今日みたいに食材を持ってきてくれたり、料理を作ってくれたりする仲間がいれば、この先食べることには困らないなあと」(岡村さん)

「FIRST PLACE」の中心にキッチンを据えたのも、人が集い、交流する場の真ん中には、太古から常に火があったから。とはいえ、産業革命によって技術革新が進み、電気やガスを使うようになった人間は、一人でも暮らせるようになりました。けれど…。
「わたし自身、一度は結婚して家族をもったけれど離婚して、周りの人の助けなしでは生きてはこられなかった。血縁のコミュニティではなく、価値観や考え方を共有できる人たちと繋がって、お互いに助け合いながらこれまで生きてきました。これからはますます相互扶助で生きていくしかないとすごく感じています。社会のシステムから脱して自立して生きようと思ったら、昔は山に籠って隠遁生活をするとか、そういうことだったかもしれないけれど、どこかにユートピアを求めるのではなく、今この場所にいながらにして初めてできることがあるんじゃないか。それを見せてくれているのが岡村さんであり、この場所なのかなと感じます」(橘田さん)

今、わたしたちが生きている社会のシステムが比較的長く続いているせいか、それを当然のものとして受け入れているけれど、その当たり前を疑い、もっと別のあり方を考えるタイミングにきている、と橘田さんは言います。
「橘田さんがおっしゃった『そもそも』って、ホモ・サピエンスなのかなと思うんです」
ちょうどMieleのオーブンに調理を任せたタイミングで、芳賀さんが対話に入ってきました。

「ホモ・サピエンスが生き残った理由のひとつは、認知革命、つまり、目に見えないものを信じることができたからだと言われています。今って一人でも生きられるようになったというけれど、僕はそうは思わない。誰かが建てた家に住み、amazonで注文した商品で生活している。それって、目に見えない人たちを信じているから。そういうホモ・サピエンスの素敵さを進化させてきた今、テクノロジーも味方につけて、シュリンクしていく社会に適応した暮らしに着地できれば、それって全然ネガティブなことじゃない。むしろすごくポジティブだし、最強だと思います」(芳賀さん)
未来を共に生きる仲間のための賄い


ホモ・サピエンスからビーズの歴史に話が及ぶと、ゲストも飛び入りで対話に参加。市(いち)や祭りなど人が集う場所での情報交換について話はさらに広がり、対話が熱を帯びてきたところで、キッチンカウンターには大皿に盛りつけられた料理がずらりと並びました。
フランス・ブルゴーニュ地方の郷土料理「コック・オゥ・ヴァン(鶏の赤ワイン煮込み)、金柑のマリネと人参のグリル、人参と大根と猪肉のミネストローネ、春野菜たっぷりの鯛のアクアパッツァ、ビーツのサラダと人参のサラダにはディルの葉っぱを散らして。


「昼はレストランのスタイルで、ゲストの方たちに僕が考える料理を楽しんでいただきましたが、夜はみなさんのために賄い料理を作りました。レストランで長時間働いていると、日々共に頑張る仲間のための賄いはすごく大事なもの。今日ここで未来について話をすると聞いたとき、ここに集うみなさんも未来を共に生きる仲間だと考えました。みなさんが好きな食べ物や残したい食材を持ってきてもらって、それを使って僕が料理をつくる。そういうカルチャーが続いていったら、先ほど岡村さんがおっしゃったように、お金を介さずにみんながご飯を食べられる。そういう未来ってすごくいいと思いませんか?」(芳賀さん)

場所をつくる人、空間を飾る人、食材を集めてくる人、料理をする人、食卓を飾る人……それぞれがそれぞれ自分にできることをすれば、政府や社会に頼らなくても、お金を媒介にしなくても、みんなで助け合って生きていける。

「『noma』での経験のなかで自分にとって一番よかったことは、働き方や一緒に働く仲間たちの気持ちよさ。ものすごく心地いい場所でした。そういう場を自分でこれからどうつくっていくのか。自然と近い環境でそれをできればいいなと思っています」(芳賀さん)
自然を受け入れ、自然と共に生きていく
人がつくったもので自然を邪魔したくない、自然の美しさを伝える媒介でありたいという橘田さんと、自然に近い環境でレストランを開きたいという芳賀さん。岡村さんは自然に対して何を思うのか。
「今キッチンカウンターにしているコンクリートが床下から出てきたとき、ひび割れを綺麗だなと思ったんです。そもそも壊れないようにつくられたものが、壊れたときに美しいと感じるってすごく奥深い。この世界はすべて有限で、それを無限にするために人間はこれまで頑張ってきた。でも、それによって生まれてきたものに人はどこかで違和感を感じていて、だからこそ、それが壊れていく姿に安心感を覚えるのだと思います。あ、やっぱりそうだよね、有限だよねと。その「安心感」が「美しい」という感覚に置き換わっているのではないかと思う。自然を美しいと感じたり、自然に惹かれるのは、人は自然にはかなわないという安心感から。冬は寒いし、夏は暑いし、夜は暗い。それをコントロールしようとしてきたのが20世紀だったわけだけど、それはもう無理。限界がきているとわかってしまった。だったら、諦めて受け入れましょう、それを前提に始めましょうというのが、これからの生き方、暮らし方ではないかなと思います」(岡村さん)

GUEST PROFILE
橘田優子/Yuko Kitta
1998年より草木染めによる衣服の制作を開始。東京・兵庫・千葉を経て、2011年に沖縄県北部へ移住。植物染料の栽培や採取、薪の火や発酵などによる染色からデザイン、縫製まで、物が生まれて土に還るまでを分断のない一つの流れとして捉え、「自然と人間を媒介する」というコンセプトを軸に制作を行っている。
https://kittaofficial.com/
芳賀 龍/Ryo Haga
東京での修行を経て、京都「monk」にて2年、風景を料理へ映し出す哲学を学ぶ。在職中にデンマークの「Kadeau Copenhagen」での研修を通し、伝統と土着性、美しさを表現する姿勢とその完成度に感銘を受ける。2022年より「noma」へ。部門シェフとして2025年1月まで在籍する中で、”time and place”の哲学を深く学ぶ。帰国し、日本における新しい料理を探求、表現すべく開業準備中。
@ryohaga__
写真:太田太朗
構成:和田紀子