目に見えない価値を
見える価値に
山梨県の富士吉田市で2023年に立ち上がった「URAプロジェクト」は、1300年前から続く歴史ある地場の織物業を、新たな角度から見つめ、取り出し、光を当てて未来へと繋ぐ試みです。インターナショナルなコラボレーションにより、生地の可能性をグローバルに開き、結果的に同地の織物業を継続的にサポートすることを目的としています。
今回、URAプロジェクトは、「などや代々木上原」全体を使い、最初の発表を行いました。オランダのデザインスタジオ「Raw Color」を迎え、共にリサーチを重ねながら3つの織り手と進めてきたコラボレーションの発表展示。二日間だけの特別なインスタレーションが興味を惹きます。




以上4点会場風景撮影:伊丹 豪
URA-裏、を、表に引っ張り出す。URAプロジェクトの根本にはこのコンセプトがあります。富士山を臨む「裏富士」とも呼ばれる山梨県側の土地に息づく豊かな自然。江戸時代から裏地を手がけてきた地場の繊維産業の歴史。テキスタイルの裏面の美しさ。そして、裏方として奥に潜む手練れの職人たちの存在。知られざる「URA」をどう表へ、必要とされる場へと誘うか。


再解釈と、再構築
視点を変える試み
心地よい風の吹くある夜、URAプロジェクトのクリエイティブディレクターであるArieh Rosen(アリエ・ロゼン)さんと、などやの岡村俊輔さんの対話がありました。その背後では料理人の伊藤渉さんによる、富士吉田のハーブや桜の花枝を採り入れた料理が進みます。
平安時代から連綿と続く同地の織物産業。今回の展示では、織り手が希少な技法による絹の染め織り(舟久保織物)や、ネクタイ地として発展した柄織りをベースとした発展形(渡小織物)、また地場でワインを製造する過程で廃棄される部分を使った天然染めによるリネン織(Tenjin Factory)など、土地に根付いた織物の歴史がRaw Colorの視点で再解釈され、新しいカラースキームと構成で表現されています。



アリエさんは、古きを捨てず、けれどそのまま「再現」するのでもなく、あるものを使って新しい価値を生み出そうとするなどや/建築家・岡村俊輔さんとMieleが共に手がけた「FIRST PLACE」のあり方に共鳴しています。
「全く新しいものをつくることだけが未来ではないと思います。例えば今回、ネクタイ地を得意とする織り手とは、アーカイブパターンを基にして、カラースキームと大小のスケールを変えて表現することで、新たな用途への可能性を模索しています。その裏面の美しさを見つめれば、両面が表となり得るテキスタイルとしても成立する。今日、この会場にいる人の中に、ネクタイをつけている人はいますか? 今、減りつつあるネクタイの需要。一方で表も裏もとても美しい精緻な織のテクニックがここにはある。用途を広げれば、可能性も広がると思います」

新しいスケールパターンで作られたテキスタイルでは、照明のシェードや防音壁、部屋の間仕切りなど、より大きく、インテリアの一部に活かすことも考えられます。実際にこの場を訪れた建築家やプロダクトデザイナー、インテリアデザイナーなどとの会話の中で、アリエさんも手応えを感じていました。
「このような表現は海外も含め、ニーズがある一方で、外からはなかなか知る手立てがなく、アクセスできない。いかに双方の架け橋になるか。そこは課題」
岡村さんは、建築の世界では今後、建物より内側の空間へお金をかける方向が進むとして、インテリアへの活用があるのではないか、と言います。
「ハードウェアの建築は、費用も高騰して技術も失われている。今後は、建物は既存のものを使い、空間を変えていくという方向はますます進んでいく。ミドルウェア的なインテリアや内装の方面で、質のよい豊かな価値を提供する、ということへの需要は、これから増えるかもしれませんね」



日本特有の「裏」への美意識
富士吉田の織物は、質を追求すれば時間と手間のかかる技法が多く、大量生産とはいきません。インスタレーションを見にきた建築家で、規模の小さなホテルなら、と口にする方もいたそうです。むしろ質のよいインテリアの需要は高く、「大量生産大量消費、それによる安価」というサイクルとは需要のあり方が違う、という声もありました。
URAプロジェクトが、裏から表へ、見えていなかった価値を陽の当たる場所へ、と押し出すための、発想の転換のスイッチになるのでしょうか。
「もともと裏地をつくってきた歴史があるならば。表に見える部分ではない部分、目に見えないところにこだわるとか、そういった文化は、すごく日本特有の文化でもありますよね」と岡村さん。「その辺りの思想は、これからの社会にとって、ヒントになると思う。一つの側面だけでなく、裏にも奥にもあるし、下にもある。そういった思想に共感する人たちはたくさんいる。その文脈で、人から選ばれる、ということは、十分にあり得るのではないでしょうか」
ストーリーは 価値になる

そもそも、富士吉田は江戸時代、中央から遠いという地の利の悪さを、絹織物で乗り越えました。高級ゆえ量で勝負する必要がなく、かつ薄く軽くて、馬で運搬しやすい。より細く、より繊細なテキスタイルを。そこには、豊かな清水や気候などの条件だけではない、発展の知恵がありました。
岡村さんは、そうしたストーリーこそが面白い、と言います。
「富士吉田で作って江戸まで持ってくるのがとても遠いから、糸の細い絹織物をつくったという話を聞いて、とても面白いと思いました。テクニックだけでなく、そういうストーリーの先に生まれるものがあると思う」

アリエさんも、ストーリーこそが価値を生むという考えです。
「一般的に見ても、日本の職人技は、献身的な姿勢、細部へのこだわり、仕上がりの確かさなどから国際的な評価が高い。さらに富士吉田には裏地へのこだわりを示す日本特有の美意識に根差した織物があり、富士山のたもとという、非常にアイコニックなニッポンのイメージが土地に備わっています。クラフツマンシップ、伝統、歴史、ロケーション。すでに富士吉田には語るべきことが揃っている」とアリエさんは言います。
「ストーリーを、どう将来に伝えていくことができるか。長く続く利益をもたらすために、という意味では、クラフツマンシップが前に出るべきです。ブランドとコラボレートする際、ただ望むものに応じてつくるのではなく、その土地のストーリーと共に、コラボレーションがあるべき。そこにこそ、価値は宿るだろうと思います」
土地のストーリーをのせて、自分たちの持つ技術を注ぎ、伝えていく。2人の会話の「裏」では、伊藤 渉さんが今日もトントンと刻み、ジューと焼き付け、香りを漂わせて料理を進めていました。

富士吉田から取り寄せたハーブをふんだんに使ったサラダに、桜の花がロマンチックな春の夜長のムードを纏わせます。ほとんど野菜だけで表現されながら、枝や花芽も使い、スチームにグリル、野生的で味わいを深めるペースト、桜ごと炊き込んだグラタン、と味覚は広がり、野菜そのものの味わいが私たちに届きます。





皮も根も、余すことなく使い切る伊藤さんの料理は、野菜の味わいを、表も裏もさまざまな角度から教えてくれます。それはまさにURAプロジェクトやFIRST PLACEの考える、価値の提示ともつながるのではないでしょうか。





URAプロジェクト
富士吉田市の織物産業を活性化させ、国際的なデザインシーンにおいて存在感を示すことを目指し、2023年、山梨県庁及び富士吉田市役所の支援を受けて始動。富士吉田の織物が持つ独自性を保ちながら、招待デザイナーの創造的なビジョンと融合し、革新的な形で活用する可能性を模索する。
URAプロジェクトリサーチ協力:舟久保織物、Tenjin Factory、渡小織物、前田源商店、槙田商店、Watanabe Textile、丸幸産業、山十製紙
www.ura-textile.com
*開催中の「EXPO2025 大阪・関西万博」では、オランダパビリオンのためにテキスタイルを用いたアート作品の制作に参加。オランダ人デザイナーMae Engelgeer(メイ・エンゲルガー)さんと、織り手/紡ぎ手となる富士吉田のWatanabe Textile、前田源商店、槙田商店のコラボレートを実現に繋げました。
GUEST PROFILE
URAプロジェクト クリエイティブディレクター
Arieh Rosen(アリエ・ロゼン)
東京を拠点に活動する作家、キュレーター、クリエイティブディレクター。異文化をつなぐプロジェクトやイベントの企画・演出に長年携わってきた豊富な経験を持つ。ポーランドの食とデザインをテーマにしたベストセラー書籍を出版し、短編映画『Nowhere to Go But Everywhere』『日常の美を語る 三谷龍二』なども制作。2022年より、東京を拠点とするアート集団・teamLabのメンバーとしても活動している。
料理
伊藤 渉
イタリアンレストランで経験を積み、東京・調布にある焚火料理の店「Maruta」で素材の豊かさや料理の奥深さを学ぶ。2021年からは、自然栽培の野菜を扱う「青果ミコト屋」に勤務し、野菜や農法と向き合いながら出張料理人としても活動を続け、2024年11月に独立
@wataru_.ito
写真/対談風景:太田太朗、その他展示風景4点:伊丹 豪
文/構成:森祐子