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長い時を生きたものが
再び生まれ直すとき
夜の入り口、ゆっくりと空が色を深めていく頃、人々が小さく会話するざわめきの中を、80年ほど前に生まれた小さなピアノの音が通り抜けます。あちらこちらでゆっくり鳴る古いメトロノームの打刻。一人、また一人と気配を察した人が口をつぐみ始め、すっかり静けさに包まれてしまう前に、森山直太朗さんが背後の片隅でそっと歌い出しました。特別な時間の始まりを、ゆるやかに告げるひととき。
「Syn」は、「共に」という意味のギリシャ語から名付けられ、森山さんと大脇さんを起点に、周辺を巻き込みながら進む「theater(舞台)」を表現の場とした実験的な創作のプロジェクト。
「各ジャンルの人間が集まった中で生まれた化学反応。そこには、人を介して生まれた作品があります」と森山さんが話すように、5つの制作が同時進行しています。着る人を失った着物や帯、長い間使われなかった古いピアノやオルガン、少しずつ売れ残ったツアーTシャツの20年分の積み重ね……偶然のように、時を同じくして手元に舞い込んだ、行き場をなくしたものたち。それが人の手を通して再び生まれ直す。音とものづくりを軸に、同じ風景を見つめる複数の眼差しを交差させ、重ね合わせた感覚の先に、新しい表現を探し求めます。
「この産物を巡って、音楽とつなぎ合わせ、音楽と作品と人と詩、いろんなものが折り重なる。この舞台で、境目のないシームレスな時間を作れたらいいな、と考えています」(森山さん)




行き先のない旅の始まり
大脇さんは「最初から目指す目標があったわけではなく、行き先はわからないけれど、原点はここにある、というところから始まりました」と言います。その一つが、麻生要一郎さんから託された着物と帯。
「着物は今、どんどん着られなくなっていて。自分のルーツである日本の伝統文化、技術、歴史が詰まったものなのに、ものづくりの多くがすごいスピードで失われていく。効率的な物事しか残らない中で、この価値に対して次の生まれ直す形が見つからないのがすごくもどかしかった」(大脇さん)
けれど以前、日本の工場で布を使ったバブーシュをつくっていたことの手応えを思い出し、「文化が混ざって次の形に渡せるなら」と、現地モロッコでの制作を模索しました。その過程で出会った「ボシャルウィット」という手織りのラグ。着物の美しいテキスタイルを織り込めば、美しい花びらのように繊細なフリルを放ちます。さらに坂本美雨さんの祖母が着ていた着物、そして森山さんのツアーTシャツも。


「ちこちゃん(大脇さん)の強い眼差しとガッツみたいなものに巻き込まれて、予定を全部キャンセルしてモロッコに行ったのが今年の2月。スーツケース最大4個にTシャツを入るだけ詰めて来れる?ってすごくカジュアルに聞かれて。スタバ行く?みたいな感じで、首都のマラケシュから車で7時間半かけて職人さんたちに会いに。これを断って得られるものってなんだろう? 断ったら自分の大きなものを失う気がして。実際すごく大変だったんですけど、行けてよかった」(森山さん)
現地の職人に、自分の手で直接渡しに、皆で旅した珍道中。麻生さんも旅の直前に誘われ、あいているはずのない予定をあけて、家族から受け継いだ着物と帯をスーツケースいっぱいにして、出かけました。
「今から10年ぐらい前に、引っ越したマンションの大家さんだった姉妹の養子になった。出会った時にはもう70代80代。昭和の高度成長期、銀座にお店を持ち、独身を貫いて自由を謳歌して生きてきた人たち。彼女たちから聞いていた話とか若い頃のモテモテエピソードが、こういうものの断片には含まれている。海を超えて生まれ変わるとは。珍道中、なんか楽しかったね」と麻生さんは微笑みます。

語り尽くせぬほどの物語と持ち主との思い出。手仕事の結晶としての、日本の技術。日本とモロッコ、異文化の手仕事の往来。
「ここに織り込まれた着物はたまたま麻生要一郎が受け継いだものだけど、誰にでもどこか何か、受け継いだものがあると思います」(森山さん)


そしてもう一つ、直接現地を訪れたからこそ、普段は見聞きしない現実にも触れました。「ボシャルウィット」に着物とともに織り込まれた羊毛は、モロッコ旅の途中、スークと呼ばれる市場で購入した手紡ぎの糸。
「こんなに揺らぎのある手仕事はなかなか見られない。私はインドやアフリカのつくり手と直接ものづくりをしていますが、原材料の源流まで行ったのは初めて。思っていた値段の十分の一くらいでした。そこからさらに仲介業者が手数料を取る。手紡ぎの職人たちは英語が話せないから、仲介してくれる人が必要だし、教育も受けられず、(自らの希望とは限らず生業として)この手仕事をしている。色々な問題が頭を駆け巡り、解決する答えが見つかるわけでもない。そして目の前にあるものはただただ素晴らしい」(大脇さん)
「僕もラグを買いました。地元の文化に触れると同時に、自分たちが生きている世界って何なのだろうという疑問とジレンマを抱えて、心に少し影を落としながら、市場を後にする。これが、京都で舞台を開くにあたっては、ひとつの大きな原体験の共有でした」(森山さん)
目の前にあるものは、どこから来て、どこへ行くのか。考えながら見届けて、見届けながら新たな景色をつくって。「Syn」を象徴するような流れが、ここで始まりました。そして生み出されるものには、「時を紡ぐボシャルウィット」「バブーシュの言伝」のように、お話のタイトルのように愛着の湧く呼び名がついています。


答えのない問いに
言葉を探し続ける
行き場を失った時代の産物たちが、いろんな形を持って生きていく。時代への思考を交えながら、手をかけて考えていく。それは、「FIRST PLACE」のある「などや」が、空き家となっていた民家に手を加え、新しく人が集う場として再生してきた動きともシンクロします。
「人が集うコミュニティの根源的な存在として、FIRST PLACEではキッチンを中心に空間をつくった。キッチンを何に使うか。もちろんそこで食事はするけど、みんなで考える場所。そのための装置としてキッチンがある、というかたち」(岡村さん)


「今回の舞台のテーマは、Why keep making. なぜ、つくるのかという理由の根源みたいなものを探す旅。答えは流れる雲みたいに絶対に止まることはないのだけれど。その霞をつかみたいというのが、多分、今回の趣旨なのかなと思う。いつも、何か明確な答えに辿り着くんだけど、辿り着いたあとは、風に吹かれていくんだよね」と森山さん。考えても、つかまらない答え。
「FIRST PLACEは、未来を考えるというテーマでこうして人と会って、話を続けている。でもそれは、何かの結論や答えを急いで出したりするというよりも、考えたり悩んだりすることのほうが必要じゃないかな、と言いたくて。今は考えなくていいような世界になってきている。AIもある。でも、すごく大きなテーマを前に、考えるというのはすごく重要だと思う。そして、言葉にならないとしても、それでも言葉を探し続ける必要はあるのだと思う」(岡村さん)
「人間が作ってきてしまった社会の価値観や仕組みは、自分たちのものづくりで切実な問題を生んでいる。効率を求め、AIを駆使して、僕らの代わりが台頭している。職人がどんどんいなくなっていく。アナログを知らなくなって、薄まっていく。それはきっと全ての業界で同じ。だから考えを止めては行けなくて、そこに対してどうやって揺らぎのあるものを自分たちが生み出せるか、非効率を生み出せるかというのは、自分の中でも大きなテーマです」(森山さん)
「舞台をつくる時はいつも新しい言語を探しているような感覚でいる」という森山さん。今回もチャレンジをする、と話していました。


空間と時間の広がりを共有する
京都文化博物館は、築100年を超える建物。その中に古楽器やボシャルウィット、白い布やオブジェを配しながら「時間の流れをお客様と共有する」ということを、「Syn」は模索しています。
「WONDER FULL LIFEの活動では、普段から古いものに触れたり、営みの中で手を動かす職人さんたちと関わったりする中で、ものがどんどんつくりにくく、届きにくくなっていることは切実に感じています。届け方も考えなくてはいけない、となった時に、音ってすごく記憶に響いたり、普段届かないような感覚につながることがあるから、ここに新しい価値の届け方があるんじゃないかと思った。展示だけではなく、THEATERとして、その場で時間をかけて有機的に物事が起こり続けていくような。そこで目にみえる物質だけではないものが届けられたら、今までともっと違う何かが届けられるんじゃないか」(大脇さん)
「少しずつゆっくり時間をかけて、世界が変わっていく。その時間の流れを共有するということ。光の差す時間から、日が落ちて明かりが灯される。できるだけ長くそこにいて、何もない時間も含めて、沈黙や退屈まで共有したり尊重したりできるような空間づくりをしたい。その中で、物をつくるという根本的な自分たちの衝動に立ち返ったり、自分たちの生命を祝ったりする。その原初的な行為を、祝祭として表現したい」(森山さん)

手放しながら、受け継ぐ
「新しいものが正義、というのは20世紀につくられた概念。これからは、すでにあるものを使いましょうという話」(岡村さん)
使われなくなった古い家を再生する。行き場のなかった着物や帯に新しい美しさを渡す。古いピアノに新しい響きをもたらす。その活動について、岡村さんは少し違う角度から語ります。
「生活全て、身の回りのものを、自分で工夫しながら暮らしていく。もっと言えばその生活が楽しくて美しい、というのが、これからの一個の回答だと思う。全部一人でできなくても、僕は建築の仕事を25年やってきたからできることがあるし、音楽をやってきたからできることもあるし、服を作ってきたからできることもある。いろんなものを交換し合いながらできればいい」
「生産」という社会規模ではなくて、自分でもできることに集中して、ものを生み出し、そして分け合う。
「今のあり方は、20年かけてたどり着いた考え。こうして実践してみると、賛同してくれる人が現れた。同じような未来を思い描いている人がいる、という感触が確かにある。その片鱗が少しでも次の世代に残ればいいんじゃないかな。大きく社会を変えるというのではなくて、変わっていく社会の中で何をするか。僕はこういう世界が素敵だなと思ってる」
「ただ、僕たちは近代以前の人たちや文化と生で接している最後の世代。消えゆくものづくりの価値、それに20世紀のすごく特異な、二度と来ない時代を知っている。だから手放すべきは手放しながら、残すべきものは自分たちなりに受け継いで、次の世代に渡していく必要がある。責任重大なんですよ(笑)」

ひとりぼっちじゃない
岡村さんの言葉に、森山さんは「人間が持っている唯一の可能性は、感性だと思っています」と希望をのせます。
「この時代に生まれてしまったという心の閉塞感とかえも言われぬ不安があって、これから歳を重ねたら体力も気力も衰えて、社会に対して思考停止する未来が待ち受けているかと思うと、僕は本当に怖いんですけど、岡ちゃんは、人口が急減する日本社会の未来が楽しみ、とニヤニヤしている。一人で、自分の手でできることをやって、これはチャンスだと曇りなき眼で言う。ここにそれぞれの感性と、そこから広がる想像力があると思った。ちこちゃんにも、衣服とかテキスタイルから連なる想像力がある。ここに集うみんなは、思想は違うけど、同じようにそれぞれが戦っていると言う意味では、みんな同じむじなを生きている」
みんな同じだから、一人じゃない。
“君のひとりぼっちと、僕のひとりぼっちで、ひとりぼっちじゃない”
自身の曲「ひとりぼっちじゃない」の世界。「Syn」の「共に」は、皆で一緒に同じことをするのではなくて、それぞれの視点を持ち、できることを持ち寄っています。行動は違っても、それが同じ方向の中にあれば、それはバラバラなのではなく、力を増幅するファクターになるのではないか。
なおちゃん、ちこちゃん、ようちゃん、そして、「などや」の岡ちゃん。この数年で出会った大人たちが幼馴染のように呼び合い、個人的なつながりの中から進みながらも、そこに留まらず、世の中に大きく紡ぎ出そうとする希望のうねりが、ここにありました。


一緒に食べる、共に過ごす
未来への地続きの日常
麻生要一郎さんは昼からずっとオーブンを稼働させながら、モロッコと東京、そして京都をつなぐ料理を用意していました。


モロッコでよく食べた味を思い出しながら、ゴリーバと呼ばれる伝統のおやつ。モロッコ風の野菜の煮込みは、スチームオーブンで、ベーキングディッシュの深さいっぱいに野菜を入れてMieleスタッフに心配されながら(大丈夫でした!)。愛情たっぷりの大盛りです。モロッコから持ち帰ったオレガノでオイル漬けしたラムのオーブン焼きには、プルーンやアプリコットのワインコンポートもピッタリ。




東京で、いつも「Syn」のみんなを満たし繋いでいた、麻生さん定番の大きめの塩にぎり。
それに、前の晩に京都から持ち帰ったばかりの野菜で、サラダ、万願寺とうがらしを使った焼きびたし、そして瓜の塩漬け。その日、誰とどんな食卓を囲むのか。その時、どんなお話が流れるのか。そんなことに心を働かせながらせっせとこしらえる麻生さんの料理が温かくその場の気配を膨らませます。



ごはんを前にすれば、どんなに真剣に話しても、会話の最後が笑顔になる。私たち人間の基本的な欲求と共に未来を考えてみる。ご飯を食べるように、未来について話してみる。そんな日常の中でこそ、世代から世代へ、伝えるべきメッセージは受け継がれ、続いてゆくのかもしれません。

GUEST PROFILE
森山直太朗
フォークシンガー。2002年にメジャーデビュー。清らかさと力強さを併せ持つ声で心に響く楽曲を歌い続ける。俳優としての活動も行う。2025年10月17日、アルバム『弓弦葉』『Yeeeehaaaaw』を2枚同時発売予定。2つの異なる世界が交錯する全国ツアーを開始する。
https://naotaro.com/
大脇千加子/WONDER FULL LIFE
WONDER FULL LIFE主宰。織と衣を主軸に、国内外のつくり手たちと協働したものづくりを行いながら、イベントやライブなど、領域の横断的に創作と表現を重ねる。ISSEY MIYAKEを経て、自身のファッションブランドを立ち上げたのち、2016年より現ブランドをスタート。
https://www.wonderfulllife.link/
sound & handcraft theater 「Syn -01 Why keep making」
2025年11月1日(土)―3日(月・祝)
森山さんと大脇さんの共同企画として京都文化博物館で予定する舞台&展覧会。周囲のクリエイターを巻き込み、彼らのもとに舞い込んだものに新たな息吹を与えていきながら、生まれ直したものに音や言葉が重なり合う時間へと昇華させていきます。展示やパフォーマンスがシームレスに行われ、観客は時間をかけてじっくり向き合える滞在型プログラム。
ほか参加アーティスト(敬称略):麻生要一郎、ARTISAN PROJECT、坂本美雨、DAISY BALOON、PIANOPIA、平井真美子
チケットは9月4日より発売。オフィシャルインスタグラムをご確認ください。
@syn_theater_project
写真/太田太朗
構成・文/森 祐子