FIRST PLACE イベントレポートVol.8 「THINK &TASTE」 100年先を見ながら 今日をつなぐ船になる
2025.08.08
vol.8 「THINK &TASTE」

100年先を見ながら
今日をつなぐ船になる

Mieleと「などや」が共に取り組む「FIRST PLACE」。今回は、デザインブランド「ミナ ペルホネン」の田中景子さんを招いて、「などや」岡村俊輔さんとの対話を。社会の中で、クリエイティブな視点はどのように時代と交わり、未来へ繋ぐのか。正解のない思索が、キッチンを囲んで交わされました。

上記画像)“surplus” textile designed by Keiko Tanaka, 2003, minä perhonen

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「ミナ ペルホネン」デザイナーの田中景子さんは、創業者の皆川 明さんから経営のバトンを受け継ぎ、株式会社ミナの社長となって今年で5年目。「せめて100年は続くブランドを」と始まったリレーの、第二走者を担います。
今年30周年を迎えたミナ ペルホネンの活動はますます精力的です。オリジナルテキスタイルを軸に衣服の発表のみならず、家具や空間、さまざまなプロダクトにおいてコラボレーションを重ねる一方、国内外各地の美術館でデザイン展を開催。2019年から昨年まで巡回を重ねた「つづく」展を終え、今年は新たに11月から「つぐ」展が始まります。
「私たちは形あるものを作ってはいますが、形のないものをつなげていく運動体と捉えています。考え方や働き方を含めた自分たちのあり方を、受け継ぎ、伝え、繋いでいく。それを隣の人に話すような感じで、展覧会にできたらと思っています」
価値観を共有し、広げていく、ということは、ブランドにとって大切な仕事の一つなのです。

「ミナ ペルホネン/皆川明 つづく」(東京都現代美術館、2019)写真:吉次忠成 by courtesy of minä perhonen
「ミナ ペルホネン/皆川明 つづく」(東京都現代美術館、2019)写真:吉次忠成 by courtesy of minä perhonen
女性の写真
Photograph: Keita Goto (W) Model: Aoi Yamada by courtesy of minä perhonen
並べられた服の写真
「ミナ ペルホネン/皆川明 つづく」(青森県立美術館、2022) 写真:高橋マナミ by courtesy of minä perhonen

未来を見るとき、アパレル産業の課題として語られたのは、技術継承や生産の縮小。
「一度失われてしまうと、技術を復活するのは難しいから、どうにかして守りたいと思います。立ち行かなくなりそうな織の技術を、今の時代に合わせて生産できるように工場と協力していくとか、大量発注が届かなくなったテキスタイル工場に、洋服以外の用途でもコンスタントに発注できるようにする、とか。自分たちの規模では、点、のような小さな力でしかないのだけど、しないよりはマシ」と田中さん。
「バタフライエフェクト」という言葉があります。蝶が羽ばたくほどの微細な変化が、どこか遠くの気象に大きな影響を及ぼす可能性に例えて、些細なことが社会現象や歴史上の大事件に発展する可能性を指す言葉。
「自分たちは事業としてその小さな羽ばたきをやっている、というイメージはあります。そして働いている人たちがそういうマインドを持っていれば、派生して広がっていく」
そう語る田中さんに、岡村さんが応じます。
「小さな力だから、いい。一気に大きく動こうとした途端、20世紀の過剰生産と同じことを繰り返してしまうから」

マイクを持つ田中さんの写真

「皆川 明という最初の大きな一滴を落とした人がいて、皆川はゼロから1を生み、私は1を10にすることを託された」(田中さん)
今までとは真逆のような価値観や、新しいデザインのあり方を提示した皆川さん。田中さん自身もテキスタイルデザイナーとして、ゼロから1を生み出しながらも、皆川さんと同じ力を持つことを目指すのではなく、新しい発展のさせ方に注力します。
「ここに生まれたすてきな原石をどう磨くか。広げ方や届け方を考えるのが自分の役目。それをうまくできたかどうか、と過去ばかり振り返っていると、なかなか未来は描けないから、私はただ、今の時代に合わせて運んでいく船になれたらいい」(田中さん)
エルメスだって、最初は馬具をつくり始め、100年後に最初のスカーフを、さらにその30年後にようやくウィメンズのプレタポルテを発表しました。歩みはそれほどにじっくりと、しかし変化に富みながら、時間を経てもなお価値を放ち続けることができる、という証。
「私たちはテキスタイルで服をつくるところから始まり、まだ30年。今後もしかしたら、私たちは服をやめているかもしれないです。テキスタイルの魅力は、服だけでなくインテリアやさまざまな変化の可能性を秘めていること。100年後、革新的なことを始めようとするリーダーが立っているかもしれない。今は小さなバトンを渡していく途中です」(田中さん)
終わらないクリエーションの旅。思えば、田中さん自身、芸術を志向する中でテキスタイルデザインに惹かれたきっかけは、「絵を描いて終わり」ではなく、描いた絵を何度も布にできる可能性を秘めていたから。素材を変え、色を変えて、生き続ける。
「私が死んでもこの柄はずっと続いていく。終わりのないことを考えて生きるのはいい、と思ったのが、テキスタイルとの出会いでした」

マイクを持つ田中さんの写真 話を聞く岡村さんの写真

「ドラえもんで、未来に行くと、目と耳と鼻だけが歩いているというシーンを見たことがあって。身体は家にあるから、身なりなんてどうだってよくなりますよね。その世界では、ハンディキャップもないかもしれない」(田中さん)
AIが進化して身体性が失われ、目や耳だけで人を判断するとき、重要になるのは、個人の思考や内面の表現です。
岡村さんは、今、AIが急速に発達したことで、新たな哲学や芸術が生まれるのではないかと言います。
「例えば古代ギリシャで哲学が生まれた背景には、余剰の時間があった。基本的に労働は奴隷が行い、奴隷ではない人々は有り余る時間の中で、人生の意味や世界の成り立ちを思索して、今の哲学の基礎ができた、と。今、AIの登場で膨大に余剰(の時間)が生み出されている。きっと、これから全く違う何かが出てくるんじゃないかと思う。今の延長線上なんかとは全然関係ないすごいものが」(岡村さん)
「本当に。そう考えると楽しみですね。私たちはせめてその架け橋みたいな、フックみたいなのはつくって、自分の時間を終えていくのかな」(田中さん)
「20世紀に生み出してきたものを否定せず、テクノロジーを引っ提げて、新しく土に着地する」。それは「などや」がMieleと「FIRST PLACE」を始めた時から、幾度となく言葉にしてきた考えです。未来の暮らしに希望を保つために、今できることは、その価値の転換を大事に生きること。

FIRST PLACE 内観の写真 FIRST PLACE 内観の写真

「私は、世の中はほぼ不平等だと思っていて。でも唯一平等なのが、時間」(田中さん)
1秒、1分、1時間、誰にでも等しく降り注ぐ。ただ、1分に感じる長さは人によって全然違うのだと知ったのは、田中さんが小学生の頃。今も忘れない祖父の記憶。
「宮崎に住むおじいちゃんが、今日はあの葉っぱが一枚落ちた、今度はあの葉っぱが色づき始めた、秋やなあ、と。たったそれだけで大満足なんです。食べて寝て起きて、その繰り返しの中で、些細な変化に気づいて楽しんでいる。感じている時間の長さが違う、と」(田中さん)
時間の余白にそよがせる祖父の感性の素敵さ。このところ、五反田の「などや島津山」でお米を育て始めた岡村さんは、「米と共に生きてきた日本の風景、その中から音楽や芸術が生まれた、その風景を見たい」と話し、おじいちゃんの言っていることがよくわかる、としみじみ言います。
一方で田中さんは「素晴らしいですよね。でも私は、まだそこには行かないで抗っていたい。75歳までは働いていたいので」と。
抗う。
「うまくいかないから、抗う。自分が描きたいものが描けない悔しさに。人口が減るだろう、生産も難しくなるだろう、という社会の状況に」(田中さん)

日本の人口推移のグラフを映している写真

岡村さんがプロジェクターで映し出す、日本の人口推移のグラフ。20世紀に急増した人口が、21世紀の100年で急激に減っていくという下降線の予測グラフを見て、田中さんは冷静に続けます。
「人口が減る、という事実と、文化レベルや思考の深さは別ですよね。下降線に反比例するような目標値を上に掲げていく。自分がどこに軸を持って、どういうベクトルで向上していくか。そこを日々戦っている、というか、ずっと考えています。反骨精神、パンクロックの精神でいきたい」
そう言う田中さんには、未来を悲観する気配は全くありません。
「100年後の未来は遠すぎて、ただポジティブでありたいという思い。みんなそうですよね、誰もネガティブな未来なんて描こうと思わないでしょう」

岡村さんと田中さんの写真

最近、田中さんが強く感じるのは、踊りや歌、演劇といった「形の残らないものの尊さ」。
「その場で生まれて消えて、記憶に残るものは永続的だなと思って」(田中さん)
その場限りの熱と伝わり方は、感動をさらに深く心に残す。
「僕は、道具や準備もなく今すぐ生み出せるということに憧れる。料理とか音楽とか」(岡村さん)
田中さんも岡村さんも、形の残るものを生み出していても、背景にある形にならない思考や感性を、とても大事にしています。社会を感じ取りながら、自分たちの道を行く。その道を人と共有して、広げていく。「クリエーション」は、形を超えた価値観や思いの共有を含みます。
「ファッションショーで拍手をいただく。その賞賛は中毒性があって、創作の大きなモチベーションになる。その繰り返しも素敵だと思います。でも私たちは多分、この時間のようにお話をしたり、展覧会で思いを伝えたりしていくことで広げていくやり方。自分はこういうクリエイターとしてなら、遠くまで歩いていける、遠くまで届くのかもしれない、と思っています」
未来に希望を抱き、自分たちの手を動かしながら、先へ。田中さんの力強いポジティブな言葉と、岡村さんの価値を転換する言葉の掛け合いは、今の閉塞感に、風の通るようなトークでした。

岡村さんと田中さんの写真

この日は、カジュアルに中華饅頭を温め、つまみながら会話を続けました。奥では時折、Mieleのスチームオーブンからぶわんっと蒸気が立ち上がります。交わされた思考の種を包み空へと放つように。

岡村さんと田中さんの写真

GUEST PROFILE
田中景子/Keiko Tanaka
「minä perhonen」デザイナー。 京都精華大学芸術学部テキスタイルコース修了。2002年、株式会社ミナにテキスタイルデザイナーとして入社し、最初に描いた細密な貼り絵によるテキスタイル「triathlon」を2003年春夏コレクションで発表。以来、創業者である皆川 明さんの傍で、デザイン、ビジネス、アート表現、ほぼ全ての活動にコミットし続け、2021年7月に代表取締役に就任。近年は美術館でブランドのデザイン活動を伝える展覧会も多く、国内外で企業やアーティストとのつながりを強めながら、デザインブランドとしての価値を広く伝えている。2025年11月22日からは東京都の世田谷美術館にて「つぐ minä perhonen」展が開催される。
https://www.mina-perhonen.jp/

写真(対談風景)/太田太朗
構成・文/森 祐子

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